十日間の不思議
原題:TEN DAY'S WONDER
作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen)
訳者:青田勝(あおた・かつ)
初刊:1948
出版:ハヤカワ文庫
装丁:カバー 北園克衛
定価:760円+税
ISBN4−15−070101−6

[あらすじ]
 血まみれの姿でエラリイのもとを訪れた旧友のハワードは、家を出てから今までの19日間の記憶がないことを告白する。ハワードが無意識に起こしたかも知れない事件、これから起こすかも知れない事件を解決するためにエラリイはライツヴィルにある彼に家に同行するが、そこで彼を待っていたのは不可思議な脅迫事件だった……。


〔Caution!! ネタばれ注意〕

……すべてのことが今となっては、ずっと昔の懐かしく純粋なことのように思える。しかもそれはおかしい。あの事件が起こったときは、決して懐かしくも純粋でなかったからだ。(p200より)


 昼ドラかよ!(笑)
 いやあ、まさかクイーンの作品でこんなにドロドロした人間関係のものを読まされるとは思っていませんでした。「人間性を書く」もここに極まれり、といった感じです。

 と思ったらとんでもない展開が! 『九尾の猫』(もっとも、ヴァン・ホーンという名字を出すだけで、人物を特定させない形で悔やんでますが……)でエラリイはかなり凹んでますが、それも当然で、この事件でエラリイは大失敗の大敗北を喫してしまいました。
 探偵の失敗には大別して2通りあります。ひとつは謎が全く解けずにお手上げ、事件が迷宮入りとなるケース。もうひとつは誤った解決を提示してしまうケースです。で、本作は後者のケースです。これはエラリイは『ギリシア棺の謎』などで経験済みだったりするのですが(笑)、こんなに見事に引っかかったのは(作品としては)初めてです(実は本書より前に引っかかったものがあるのですが、気づくのは本作より後、という複雑な作品が別にあります)。
 しかも、その結果罪のない人間を死に追いやってしまったわけで、警察で言えば冤罪事件です。ハッキリ言って最悪です。
 でも、これってミステリの探偵、とくに安楽椅子探偵なんてやりかねないことではありますし、それを逆手にとったものといえます。そういう意味ではアンチ・ミステリ(定義がイマイチ不明な言葉ですが)といえるのかも知れません。この視点から本書を見てみますと、名言のオンパレードで面白すぎます。

「世間で称賛するのも当然な《クイーン式方法》というのには――あるつのきわめて脆弱な点があると絶えず思っていました」「法的証拠です」(p396)
「もしも有名な探偵があなたの思いどおりに事件を解決すれば、だれがあなたの潔白なことに疑念を抱き、あなたに罪があるのではないかと怪しむでしょうか?」(p404)
「ぼくがいつも、判り切った解決よりも微妙に風変わりな解決を好み、単純よりも複雑を好み、平凡な解決よりも派手なものを好むことを、あなたは知っていました」(p406)

 自分でここまで言いますか? クイーン最高です(笑)。

 あと、気になるのが本書におけるエラリイの幕の引き方です。犯人を自殺に追い込むパターンは『日本庭園の秘密』なんかでもやってます。それと比較してみますと、『日本庭園』の場合は、法的に罰することはできないが道義的には許されない(かどうかエラリイが迷った)犯人に対する解決の手段としてのものでした。しかし、本書の場合は、法的証拠を提出することが可能だということを論証した上で、犯人に対して自殺することを半ば強要しています。しかも、わざわざ拳銃を目の前に差し出してます。これは自殺教唆の罪に問われかねない行為です。さらに、その目的が、どうもエラリイ自身の不手際を闇に葬るためのものとしか思えないんですけど……。


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