フォックス家の殺人
原題:THE MURDERER IS A FOX
作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen)
訳者:青田勝(あおた・かつ)
初刊:1945
出版:ハヤカワ文庫
装丁:カバー 巽亜古
定価:720円+税
ISBN4−15−070132−6
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[あらすじ]
 フォックス大尉は第二次世界大戦で華々しい戦果を上げて英雄としてライツヴィルに帰ってきた。しかし、彼の精神は、戦争と、それによって呼び起こされた過去の忌まわしい記憶とによってズタズタになっていた。
 そんなある夜、彼は自分の妻リンダの首を絞めようとしてしまう。
 思い悩んだ彼とその妻は、過去の記憶から逃れるために、エラリイ・クイーンに12年前の事件の再調査を依頼する。


〔Caution!! ネタばれ注意〕

「特に、一人の男が口にした一言と、二人のすばらしい若者に対する信頼のほか、手掛りらしいものはなに一つないとあっては、黙って見てはいられませんな」(p98より)


 いやあ、面白くてよかった〜(笑)。

 突然ですが、私はトマス・H・クックの『緋色の記憶[→Amazon]』や『死の記憶[→Amazon]』(何れも文春文庫)といった、いわゆる『記憶シリーズ』と呼ばれている作品が苦手です。
 これらの作品のパターンは決まっています。主人公は昔のある出来事によって深く傷つき、懊悩とした生活を送っています。この悩み苦しみようは読んでるこっちまでしんどくなってくるほどですが、肝心の、過去に何があったのか? は最後の最後になるまで明らかにならないというものです。
 これが我慢できないんですよ〜。だってこれらの作品は主人公の一人称で書かれてるんですよ〜。だから、悩み苦しむ対象が描写されないなんてまだるっこしくてやってられないんですよ(笑)。

 てなわけで、本書を読み始めたときには「まさか……」とちょっとひきかけましたが、早い段階で、エラリイに過去の事件についての調査を依頼するという前向きな行動に移ってくれたのでホッとしました(笑)。
 それにしても、若者の将来のために過去の事件を解決する、というシチュエーションは、これまでにない犯罪への接触の仕方です。たいていの場合が巻き込まれの好奇心が動機だったエラリイにとって、これほど真っ当な犯罪解決の動機があったでしょうか? 彼も大人になったもんです(笑)。

 本書は『災厄の町』に続いて架空の町ライツヴィルを舞台にしていますので、重複する人物やそれを前提としたセリフなどがあります。クイーンの作品は刊行順に読むのが理想ですが、個別に読んでも十分楽しめます。しかし、ライツヴィルものの場合には『災厄の町』から順番に呼んでいくのが理想だと思います。
 で、いわゆる「人間性」の描写について、本書は前作より板についてきたような印象を受けます。彼女の編み棒がカチカチと鳴るたびに、自尊心が火花のように飛び散った。(p208より)なんて文章は、これまでのクイーン作品では考えられません!(笑)
 その代わりと言っては何ですが、ミステリとしての楽しみはちょっと減ってます。本書は四部構成ですけど、真相を推理するために必要なピースが第四部になってから初めて明らかになるからで、それまでの展開にはストレスも覚えます。
 そもそも、本作で明らかになっている状況証拠は確かにベイアードに不利なものばかりですが、それにしてもジェシカが自殺したという可能性を否定するには弱いと思います。なぜなら、ジェシカがグレープフルーツジュースしか飲んでいないという根拠はジェシカの証言しかないわけで、飲む機会にしても、部屋から降りてくる前に飲むことだってできます。
 とはいえ、最後で明らかになる真相の衝撃の前では、この程度の疑問など些細なものでしょう。これは酷い……。一気に救いようがない陰惨な話になってしまいました。こんなオチでどうなるんだろうと思いましたが、最後は笑顔で終わってくれて本当によかったです。
 真相を公にしないというエラリイの態度は、『スペイン岬の秘密』で見せていた、容疑者を人間ではなくシンボルとして扱うというスタンスから考えると違和感を覚えないでもないです。しかし、エラリイ自身も述べているように、公開してもどうしようもないことは確かですが、自らの研究対象をシンボルではなく人間として扱うことを宣明にしたものと深読みすることもできるでしょう。

 ミステリとしては、真相に近づくための事実が最後の最後になって明らかになって、それまでの過程は推理にはほとんど関係がなく、しかも、その事実も、作中で作者が一人ツッコミを入れて釈明しているとおりの不備がある(p339〜340。ちょっと苦しい説明であることは否めないと思います)ということを考えますと、低く採点せざるを得ません。ミステリの権威として知られてしまうとこういうところが大変です(笑)。でも、とても面白かったです。

 それにしても、第二次世界大戦での帰還兵は英雄として扱われたみたいですが、イラク戦争の帰還兵はどんな風に迎えられることになるのでしょうか……?(2003年末のぼやき)


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