| 中途の家 | |
| 原題:Halfway House(※註1) 作者:エラリー・クイーン(Ellery Queen) 訳者:井上勇(いのうえ・いさむ) 初刊:1929 出版:創元推理文庫 装丁:カバーイラスト ひらいたかこ カバーデザイン 磯田和一 定価:740円+税 ISBN4−488−10417−7 |
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[あらすじ] 青年弁護士ビルは、ニューヨークとフィラデルフィアの中途の家で、ナイフで刺されて死にかけた義弟の姿だった。 真相究明を依頼されたビルの友人エラリー・クイーンは、被害者が両方の市に妻を持つ重婚者であったことを明らかにする。果たして彼はどちらの人間として殺されたのか……? 〔Caution!! ネタばれ注意〕 「論理的見地からいって、あの男が《中途の家》で、途中の駅場で、オムファロスで、停止の場所で殺された事実は、なにを意味するだろうか。いかなる論理的問題を提起するだろうか。さよう、きみもぼくと同じくらいよく知っているが、ものごとはいかにして――」 (p11より) 重婚者(※註2)である被害者が、どちらの夫として殺されたのか? というのが本作での問題提起ですが、これは今までの作品とはかなり異質な問題です。 つまり、ここでは被害者側の都合、すなわち動機が問題となっているのです。前作までの、動機なんかどうでもよい、というスタイルを考えると特筆モノです。 ただ、動機が主題になっているからといっても、そこはクイーン。普通の刑事モノみたいに聞き込みをして、被害者を恨んでいた人間がいなかったか? などという方向での追求は行なっていません。 動機なんて主観的で非合理なものです。特に殺人事件の動機ともなれば論理的に納得できるものなど稀でしょうし、だからこそ今までのシリーズでもクイーンは動機を重要視していなかったと考えられます。そこにあえて着目し、動機に論理の光を照らしてみようとした試みが本作だと思います。 ただ、それだけに客観的証拠という点ではいつにもなく弱いのは否定できません(確かに、指紋だけでルーシイを犯人にした根拠は薄弱なものですが、真犯人の場合には燐寸、しかも人間業とは思えないアンドリアの記憶が頼りの、推測に頼った消去法でしかないのですから…)。 したがって、「推理を披露することで真犯人を自殺に追い込む」というエラリーの得意技(コラコラ)が本作でも行なわれていますが、客観的証拠に乏しい分、他の作品よりは必然性がある行動だと思われます。 タイトルの「中途の家」ですが、これはなかなかに含蓄のある言葉です。 まず、ハヤカワ版では「途中の家」とされています。どちらも似たような言葉なので、好みの問題かも知れません。しかし、創元推理文庫版の訳注によりますと、「『中途の家』はふたつの場所の中間にある家の意味で、宿場の飲食店などをさすが、適訳がないまま直訳しておく」(p12)とされています。そうしますと、「途中」よりは「中途」の方がなじみのない言葉で、その分日本語訳に苦しんだ訳者の苦労が偲ばれるという点で、「中途」の方が優れているように思います。 また、やはり創元推理文庫版のみに収録されている、冒頭のJ・J・マックとエラリーの会話のやりとり(ハヤカワ版にはありません!)によりますと、本作は「スウェーデン燐寸の謎」でもよかったが、エラがくれた「途中の家」という言葉を題名にした(さらに言えば、J・J・マックは「三都物語」がよい、と主張しています)となっています。本作のタイトルに国名がないにもかかわらず、国名シリーズとしてこのコーナーで本書を扱っている理由のひとつ(※註3)がこれですが、今までの「国名シリーズ」のスタイルに作者自身が疑問を感じ、新たなスタイルを模索し始めたという、まさに「中途」にあるということを直接的に示したのが本作なのです。 それがどういう問題なのかということについては、それこそ色々なところで語り尽くされていますのでここでは深入りしませんが(創元推理文庫版の解説にも詳しく書かれてます)、端的に記しますと、それまでの推理に徹するあまり人間性に欠けた(”神”と言っていい)「探偵」への懐疑(※註4)、という問題です。クイーンの投げかけたこの問題の影響は大きく、特に日本の学究的な本格ミステリ作家なんかがこれに嵌まると作品が書けなくなってしまうくらいの問題、ある種の病気と言っても過言ではありません(笑)。 などと、難しい読み方もできますが、エラリー初の法廷ミステリ(しかも弁護失敗・笑)な点も注目です。ただ、攻撃防御平等の原則から考えると、最終弁論が被告→検察の順序で行なわれているのは疑問が残りますが…。 また、全ての章題が「Tr」で始まるなど、遊び心に満ちた作品でもありますし、そんなところがいかにもクイーンらしいと思います。 ※註1 原題「HALFWAY HOUSE」ですが、これは米題でして、英題は「HALF-WAY HOUSE」と微妙に異なっています。ちなみに、クイーンの作品で米題と英題が異なるのは本書だけです(『クイーン談話室』(エラリー・クイーン著 谷口年史訳 国書刊行会)p208参照)。 ※註2 日本では戸籍制度(日本の他には韓国など一部の国しか採用していない、実は特殊な制度。”家”制度の名残です)があるために重婚問題が生じる余地はほとんどありません(婚姻届が受理されないでしょう)。しかし、現行の戸籍制度の問題点として、本人の知らない内に養子縁組がなされる(一部の外国人が不法滞在を回避するために悪用)という別の問題もありますので、制度の是非は微妙です。 ※註3 他にも、クイーンの活躍の場所がニューヨークを起点としていること、家令のジューナがいること、読者への挑戦状がついているなどといった、「国名シリーズ」のフォームそのままであること、執筆時期がそれまでの国名シリーズの直後だということが理由としてあります。 ※註4 言いたいことは分かります。でも、これも言い尽くされたことですが、決してそんなことはないと思うんですよね〜。殺人事件は確かに陰惨悲惨なものですが、その犯人を考えているうちに知が先走り情が置いてけぼりになるというのは、確かに人間の一面だと思います。「探偵」というのはそうした一面の象徴だと言えるでしょう。それに、国名シリーズのエラリーは十分おもろい奴ですよ(笑)。 |