| シャム双生児の秘密 | |
| 原題:The Siamese Twin Mystery 作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen) 訳者:青田勝(あおた・かつ) 初刊:1933 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバー 北園克衛 定価:620円+税 ISBN4−15−070117−2 |
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[あらすじ] たまの休暇を楽しむはずだったクイーン父子だったが、突然の山火事に襲われて止む無く山頂の一軒家に駆け込むことになった。 そこで彼らを待っていたのは、邸の主人が何者かに射殺されるという忌まわしい殺人事件だった。 被害者の手にはちぎれたトランプのカードが握られていた。いったいこのカードは何を意味するのか? 陸の孤島を舞台に、迫る山火事の恐怖と戦いつつ、クイーン父子は捜査を開始するが……。 〔Caution!! ネタばれ注意〕 「ぼくは昨夜からぶっ続けに脳髄の細胞を働かせたが、彼らはよくチームワークをとって協力してくれた」(p289より) うん。異色作ですね(笑)。シリーズものには本作のようなものは不可欠ですが、それはつまり、作者との最初の出会いとして本作のようなものは相応しくないということを意味します。 クイーンの作品を未読の方は気を付けて下さい。 「シャム」とは、タイ国の旧称です。 「シャム双生児」とは、一卵性双生児の身体の一部が癒着・連絡している奇形です。軽度の胸部結合体をなした、タイ(旧シャム)のChang-Eng兄弟に由来します。(広辞苑より) クイーンの後期の作品にはダイイング・メッセージ(被害者が死に際に残す謎のメッセージのこと)が出てくるものが多く見られます。 ところが、私はこのダイイング・メッセージという奴が嫌いなのです(笑)。 いみじくもエラリイ自身が言っているように、一般に「ぼくはあれはあり得ないことだと気づきました。あれは、死にかかった人の頭から出た考えとしては、あまりにも念が入りすぎてます。念が入りすぎるし、また複雑すぎます」(p323〜324)だと思うからです。 第一、ダイイング・メッセージがメインになってしまうと、被害者を起点に探偵対殺人者という三面関係であるはずのミステリが、探偵対被害者の薄っぺらい構図になってしまいます。 だいたい、仮にダイイング・メッセージに露骨に犯人の名前があったとしても、それは状況証拠にはなり得ても、直接証拠にはなり得ません。 もちろん、それによって示された容疑者をゲロさせれば事件は解決しますが、それでは警察小説ではあってもミステリとは言えません。 にもかかわらず、実作品においてダイイング・メッセージが重要な位置を占めるものは少なくありません。 それらの作品の場合においてダイイング・メッセージは、事件の真相として複数の解釈がなされて、それぞれに決め手を欠いて並立的に存在している場合に、それらの解釈に優劣をつけるための決定的なポイントとして存在します。 つまり、解釈の多様性が解決できずに物語を完結させることができない場合の解決方法として、作者の都合で用意されたものがダイイング・メッセージなのです! ……などと極論を吐きまくりましたが、しかし、本書のようなダイイング・メッセージ――つまり、被害者以外の、犯人や第三者が偽装工作した、厳密には”ダイイング”ではないメッセージ――は、トリックとしてアリだと思いますし、そうした結論に至るまでの、本書のクイーンのロジックはなかなかに見事なもので楽しめます。 しかし、そこまでは良いのですが、じゃあ結局犯人は誰? ということになりますと、それを明らかにする方法が適当といいますか、はっきり言って滅茶苦茶です(笑)。 だいたい、本書でのクイーン父子の駄目さは目に余ります。 エラリイは適当な根拠で推理し、犯人を無闇に指摘して、その場を混乱させてます。『ギリシア棺の謎』での「その犯罪のあらゆる要素をひとつ残さずつなぎ合わせ、あらゆる、あいまいな点が最後の一つまで説明できるまでは、決して解答を持ち出しませんよ」(創元推理文庫版p258)という誓いはどこへ行ったのでしょう? 加えて親父の方は間違った推理によって導き出された容疑者にいきなり発砲して重症を負わせています! 『ローマ帽子』や『フランス白粉』でのあの有能ぶりはどこへ行ってしまったのですか? 陸の孤島という、シリーズの中では特異の設定ですが、パシリの刑事たちがいないとやはりダメなのでしょうか。 ……とまあ、なかなかに傑作です(笑)。 シリーズ名物の『読者への挑戦』がないことを考えると、作者自身もそれらの欠陥を意識していたとは思います。そこのところの作者の真意はいずこに? う〜ん、ミステリです。 最後に、私が本書で一番面白いと思ったのは、仮定の問題として作中では語られていますが、シャム双生児の一人が殺人犯だった場合に、その者をどうやって罰するかという問題です。分離手術が可能な場合は良いですが(それでも、手術を強要できるのか? という問題は生じますが…)、それができない場合が問題です。 他方を殺せば、もう一方の無罪の者の命をも奪うことになります。自由刑についても同じことが言えます。このジレンマに出会うことができただけでも、この本を読んで良かったと思います。 [追記] 北村薫の『ニッポン硬貨の謎』では、『シャム双生児の謎』を中心とした意欲的なクイーン論が語られています。小説でありながら、第6回本格ミステリ大賞を評論・研究部門で受賞している程です。極めて面白い論考なので興味のある方はぜひ。 |