ローマ帽子の秘密
原題:The Roman Hat Mystery
作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen)
訳者:宇野利泰(うの・としやす)
初刊:1929
出版:ハヤカワ文庫
装丁:カバー 巽亜古
定価:700円+税
ISBN4−15−070133−4

[あらすじ]
 ブロードウェイにあるローマ劇場は、社交界をにぎわしている演劇《銃撃戦》の上演ということで、たくさんの観客がつめかけていた。
 その劇の進行中に、観劇にきていた悪徳弁護士が何者かに毒殺されるという事件が発生した。
 劇場内にいた人間すべてが容疑者として考えられる非常に困難な事件において、エラリイは容疑者がかぶっていたはずの帽子が消えていることに気付く。いったい帽子はどこに? そして、犯人は?


〔Caution!! ネタばれ注意〕

「迷惑しなかったといえば、嘘になります」
(p42より。エラリイ・クイーン最初のセリフ)


 国名シリーズの記念すべき第一作にして、クイーンのミステリ作家としてのデビュー作にあたる長編です。
 国名シリーズの醍醐味は、何と言っても「読者への挑戦」が示すように、読者に対してのフェアプレイ精神、巧みに張られたいくつもの伏線をつなぎ合わせるロジックの妙味です。
 本書は、デビュー作であるにもかかわらず、そうした基本スタイルがすでに確立されています。

 犯人をつきとめるにあたって疑問点として浮上してくる「被害者の帽子はどこへ行ったのか?」という問題。
 クイーンはこの問題を論理的思考によって解決すると共に、そこから更に真犯人の特定にまで論を進めていきます。物語の後半で一気に明らかになるこの推理、流れるような思考論理は読み応え十分ですし、シリーズ全体でもかなり上位にランクされる出来映えだと思います。それくらい面白かったです。
 欲を言いますと、クイーン父子が犯行現場で、実際に行なわれた演劇《銃撃戦》を観覧するシーンがあるのですが、ここがあっさりし過ぎで、ちょっとアンフェアな気がします。このシーンをもう少し丁寧に、役者の出番がどれくらいなのかを曖昧にでも描写してくれれば、エラリイの推理にもっとうなずけたのですが…。
(もっとも、上記の批判は、帽子の場所は予想がついたけど、犯人の特定までは至らなかったアイヨシの愚痴という気もします・笑)
 あと、殺害の動機となった、犯人が被害者に恐喝されていた理由が出生と混血だというのは、個人的にとても不快です。これは、別に作者を非難しているわけではなく、こうしたことが恐喝の理由となる社会背景が不愉快なだけです。でも、その辺のところには少し触れて欲しかったと思うのは欲張りすぎでしょうか?(公民権運動前のアメリカでは無理からぬことだと思うのですが、大好きな作品だけにひっかかるのです。)

 ただ、上述のように、謎が論理的に解明される過程も確かに面白かったのですが、私が一番面白いと思ったのは、いったい何が謎なのかが明らかになる過程、つまり序・中盤の警察の捜査とエラリイの父親であるリチャード・クイーン警視の活躍です。
 シリーズの主人公は、作者と同名を与えられた探偵役エラリイ・クイーンなのですが、本書の場合、父親のクイーン警視がかなりの有能ぶりを発揮して、テキパキと刑事たちに指示を出し、劇場という厄介な場所での捜査を敏速に指揮し、怪しい人物には的確な尋問をし、とにかく大活躍なのです。
 警察が最善を尽くすのは当たり前と言われればそれまでですが、しかし、最善を尽くしたにもかかわらず事件が解決しない、という事態になってこそ、初めて探偵役の意義とその真価が問われると思うのです。警察の捜査に隙があっては面白さも半減です。けど、本書の場合は捜査の部分も存分に楽しめます。
 とかく本格ミステリとして読み方ばかりが重視されがちですが、警察小説としても十分楽しめる作品だと思います。

 ちなみに、まえがきにリチャード・クイーン警視が手がけたとされる事件にバーナビ―・ロス事件というのがありますが(p19)、これはドルリイ・レーンを探偵役に据えた別シリーズの変名ペンネーム「バーナビ―・ロス」への伏線となっています。


『国名シリーズその他』TOPへ