Yの悲劇
原題:The Tragedy of Y
作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen)
訳者:宇野利泰
初刊:1932
装丁:カバーデザイン スタジオ・ギヴ
定価:680円+税

[あらすじ]
 富豪にして科学者、ヨーク・ハッターの死体がニューヨークの港にあがった。それから間もなく、奇矯な人間達が住むハッター邸で奇怪な事件が続発する。不可解な毒殺未遂事件の発生に始まり、ハッター婦人がマンドリンで撲殺された。ニューヨーク市警はドルリイ・レーンに相談を持ちかけるが、レーンは、マンドリンという特異な凶器に着目して、意外な犯人とその裏に潜む恐るべき真相を明らかにする…。



 『Yの悲劇』。ミステリ界に燦然と輝く名作にして、日本ではミステリに興味のない人でも名前くらいは知っている(と思う)作品です。
 例えば、エラリイ・クイーン好きで知られている作家、有栖川有栖はそのデビュー作『月光ゲーム』(創元推理文庫)の副題を『Yの悲劇'88』としていますし、最近ではアンソロジー(有栖川有栖、篠田真由美、二階堂黎人、法月綸太郎の競作)『Yの悲劇』(講談社文庫)が出版されるなど、『Yの悲劇』をモチーフにした作品は数多く発表されています。それに、日本で行われるミステリ・ランキング企画では必ずといって良いほど上位にランクされる作品です(例えば、早川書房編集部編『ミステリ・ハンドブック』(ハヤカワ文庫)所収、『読者が選ぶ海外ミステリ・ベスト100』では7位にランクしています。ちなみに、『Xの悲劇』は45位、『Zの悲劇』と『ドルリイ・レーン最後の事件』に至ってはランキングにありません)。

 それほどまでに日本のミステリ・ファンには評判のよい『Yの悲劇』ですが、意外にも海外ではそれほど評価されていないようです。この点について具体的に知りたい方は、本書の新保博久による解説を参照して下さい。で、ここではそのデータを少し紹介しますが、海外のクイーン作品の評価は、『Yの悲劇』よりは『Xの悲劇』の方が高く、また、一番評価が高いのは『災厄の家』(ハヤカワ文庫より出版)のようです。ですから、『ロス名義シリーズ』を未読の方は、きちんと『Xの悲劇』から読みましょう(笑)。
 では、なぜ『Yの悲劇』が日本では評価が高いのでしょうか?
 考えられる原因としてまず挙げられるのは、日本のミステリ界の巨匠にして、死後も日本ミステリ界の権威である江戸川乱歩がこの作品を激賞したことがあげられるでしょう。どんな風かと言いますと、『「Yの悲劇」は着想の何とも云えぬ恐ろしさと、謎と論理の申し分ない魅力において、探偵小説愛好家の魂に喰い入る傑作である。…私はこの傑作を今日まで読まないでいたことを恥ずかしく思う。…その並はずれた恐ろしい着想を読んで、私は「アァ、探偵小説の種は尽きないものだなぁ。まだこんなすばらしいのが残っていたじゃないか」と思わず呟いたほどであった。…この書の末段に至って真犯人が暴露された瞬間、読者はあっけにとられて容易に信じようとしないかもしれない。それほども作者の着想は意外で「不可能」なのだ。想像を絶して恐ろしいのだ。しかしそのあとの種明かしの一章を読むに及んで、読者は九分九厘まで納得するに違いない。作者の息苦しいほど異常な構想に兜を脱ぐに相違ない』(この文章は、アイヨシは瀬戸川猛資著、創元ライブラリ『夜明けの睡魔』p187〜188から、一部を省略して引用しましたが、原文は『随筆 探偵小説』です)。こんな文章を読んでしまったら洗脳されて面白いと思ってしまうに違いありません。あぁ、江戸川乱歩よ永遠なれ!
 で、瀬戸川猛資は『夜明けの睡魔』p187以下の中で、「そんなに傑作ですか?―『Yの悲劇』」と銘打って、その高い評価に疑問を投げかけています。その主張するところを要約しますと、@小説としてのオーバーさ、クサさが度を超えている、A「ある種」の読み方をすればごく簡単に犯人がわかってしまうので衝撃が薄いということを挙げています。
 その甲斐あってか、従来はベスト3内が確実であった評価も、上述した『読者が選ぶ海外ミステリ・ベスト100』では7位にまで落ち込んでいます。まあ、ランキングの評価なんてあまり価値はないのですが、マニアにとっては一つの数字として参考にしたくなるのです、といいますか、こういうのが気になるのがマニアなんでしょう。

 以上のことを踏まえて、アイヨシが『Yの悲劇』をどのように評価しているかと言いますと、非常に高く評価しています(笑)。何故か?それは瀬戸川猛資が『Yの悲劇』はイマイチだ、の理由として挙げたAにあります。
 実は、アイヨシはその「ある種」読み方、つまり同じような邪道な読み方をして途中で犯人が分かってしまったのです。しかも、アイヨシの記憶の中では、それは初めての出来事だったのです。今までだましにだまされて(好きでだまされてるんですが)、ようやくその借りを返すことができたのです(笑)。これは嬉しいです。ある意味、アイヨシのとってナンバー1のミステリ作品といえるでしょう。
 そして、実はこのことが、『Yの悲劇』が日本のミステリ・ファンに評判の良い理由なのではないのか?とアイヨシは思っています。つまり、口では言わないけど、みんな同じような読み方をして犯人が分かってしまったんじゃないかと勘ぐっています。なぜなら、言うと嫌な奴だと思われるかもしれませんし、あと、『邪道な読み方』(気になる方は『夜明けの睡魔』を読んで下さい。)をしたと公言するのが憚られるからです。しかし、今のミステリ読者は大半が邪道な読み方をしてでも犯人を見つけてやろうと思っているはずです(笑)。
 そう聞くと、『そんなバカなことがあるか』と思う方もいるかもしれませんが、こんな嬉しい体験(途中で犯人を見抜く)をさせてくれた本の悪口が言えますか?言ってもいいですけど、感謝の言葉が自然と漏れてくると思うのです。
 それと、犯人が途中で分かってしまうというのは、この場合必ずしも欠点ではありません。それは作者であるクイーンが論理性を確保するための伏線を(大胆すぎるほど)堂々と、フェアに提示したからに他なりません。また、それがあるからこそ、乱歩が『不可能』とか『想像を絶して恐ろしい』と評した真相とその解決が生きてくるわけです。実際、アイヨシは犯人が途中で分かってはいましたが、解決は楽しめました。ですから、やっぱり本書は傑作だと思います。

 アイヨシが本書を好むもう一つの理由として、本書の『ロス名義シリーズ』ものとしての一面があります。本書の迎える結末は非常に切れ味の良いものであるとともに、シリーズ全体の結末を暗示するものでもあります。いわば、最高級に豪華な伏線といえるのです。こんな贅沢を味わえる作品はそうそうあるものではありません。やはり、名作として語り継がれるだけの価値ある作品だと思います。


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