| Xの悲劇 | |
| 原題:The Tragedy of X 作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen) 訳者:宇野利泰 初刊:1932 装丁:カバーデザイン スタジオ・ギヴ 定価:583円+税 |
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[あらすじ] ニューヨークの市外電車で奇妙な凶器による殺人事件が発生した。密室状況な車内には被害者に悪意を抱く者が大勢おり、捜査は困難を極めた。そこで警察は聴覚を失って引退した元俳優にしてシェイクスピア愛好家の探偵、ドルリイ・レーンに捜査を依頼する…。 本作品は、『ロス名義シリーズ』の記念すべき第1作です。 登場する探偵はドルリイ・レーン。彼は元俳優でシェイクスピアについて造詣が深く、年老いて聴覚を失ってからはハムレット荘とよばれる豪邸で隠居の生活をしていましたが、殺人事件の解決に興味をもつようになってからは探偵として活躍するようになりました。 その性格は、著者であるエラリイ・クイーンによれば、『…その性格は芝居がかりな言動を好み、ある程度怒りっぽく…ハッタリ気味のきらいはあるが、天才の名に恥じぬものがある』(本書p9引用)というものです。このような、自分のまわりにいたら間違いなく嫌な奴である探偵が、やりたい放題に活躍し、最後に一人芝居ともいうべき壮大な論理を展開して事件を解決するというのが基本スタイルです(この基本スタイルの確立こそが、最後の事件、すなわち『ドルリイ・レーン最後の事件』で効いてくるのです)。 本シリーズ3作目『Zの悲劇』で、主人公がレーンからサム警視の娘であるペイシェンス・サム(『Zの悲劇』からの登場)に替わりますが、それでも、シリーズ全体の主役はドルリイ・レーンです。 そんなキャラクターは、『スタイルのオーバーな作家』(瀬戸川猛資著、『夜明けの睡魔』p188引用)と評されるエラリイ・クイーンの作風とマッチして、実に読み応えのある作品・シリーズに仕上がっています。シリーズものなのですから主役はやはりそのキャラクターがしっかりしていなければなりませんが、その点は文句無しに合格です。ドルリイ・レーン万歳! で、シリーズものという見方からできるだけ離れて、本書単独として、アイヨシは非常に高く評価しています。すごく面白いじゃないですか。だから、たとえ一般には『Yの悲劇』の方が受けがよく知名度も高いとしても、それによって本書が読まれないということがあってはならないと思うわけです。(余談ですが、そうした観点からは、必ずしも『Zの悲劇』は単品ではオススメできないわけです。でも、つまらなくはないと思います(笑)。) 中でも、本書でアイヨシ一番好きなシーンは、3人目の被害者が死ぬ直前の電車内での、被害者とレーンら4人の会話です。 この会話の中で、『…人間の生涯の終わりには、比類ない神々しい瞬間が訪れて、その精神能力が限りなく昂揚するもののようです』(本書p316引用)というセリフがあります。これは、一般にはダイイングメッセージ(=被害者が犯人の正体を伝えるため、意図的に残す手がかり。なにぶん死に際のことゆえ、メッセージが十分伝わらず、一種の暗号となる。早川書房編集部編『ミステリハンドブック』(ハヤカワ文庫)所収、新保博久著『シンポ教授のシンポ的ミステリ講座』p230より引用)の意義を補足説明するものとして知られています。それに対して、一般的にはそんなことがあるわけないという認識は一致しているわけです。しかし、それで面白い物語が書ければいいじゃないかと思うのと、もう一つは、ダイイングメッセージという命題から離れてこの部分の会話を考えても非常に面白いと思うのです。すなわち、このシーンでは人間が死ぬ直前の心理状態というものについて、いくつかのエピソードを交えての会話がなされているわけですが、『死の宣告を下されるか、法廷から釈放されて新しい生を喜ぶことができるか、それを決定する陪審員の評決を被告席で待つ時間。《限りない時間》とは名文句ですよ、レーンさん……』(本書p309)から始まり、生物学的に人間が死を迎える直前にどのような心理状態になるのかを議論していくのですが、本書のなかでも飛び抜けてリッチな時間だと思います。 クイーンは、あくまで本格ミステリにおける解決のための小道具としてこのような会話を登場人物にさせたのでしょうが、その割にはといいますか、だからこそといいますか、とにかくこの部分は何度読んでも飽きがきません。 ちなみに、上記のような理由で、本書はエラリイ・クイーンが晩年多く手がけたダイイングメッセージをテーマとする作品の嚆矢として知られています。 以下、ネタバレです。未読の方はご注意ください。 以下、本書の真相について少し触れます。すなわち、本書の真犯人は車掌なのです。 今まで人間ドラマに全く(というわけではないのですが)登場してこなかった人物が犯人であったというのは、当時のアイヨシにとってはかなり意外なものでした。しかし、それで怒りが湧き上がらなかったというのが、本書といいますかエラリイ・クイーンの面目躍如といったところでしょう。すなわち、その緻密な論理構成は、まさに初期のクイーン作品の醍醐味であるパスラー性が存分に発揮されています。こうした意外な結末に整合性を与える理論、それは身もふたもない言い方をすれば説得力であり、その力こそが読者に解決のカタルシスという心地良い読後感を与えるのでしょう。 そして、このアイデアで傑作長編を書き上げたクイーンの筆力はやはり特筆ものでしょう。ちなみに、同系統のアイデアでアイヨシが思い浮かべるのはG・K・チェスタトン著『ブラウン神父の童心』(創元推理文庫)所収、『見えない男』ですが、こちらはうって変わって短編ミステリの傑作として知られています。 そして、本書の解説で新保博久が指摘していますが『Yの悲劇』や『Zの悲劇』というタイトルがこじつけめいているのに比べて、本書『Xの悲劇』というタイトルは無理なく『X』というアルファベットが真相に絡み、またそれを暗示しています。ラストの一行はかっこいいです。 また、3つの殺人事件が全て交通機関という密室なのに犯人が不特定多数という特異な状況で行われているという職人を思わせるこだわりなどなど、本書はすぐれた本格ミステリ作品として様々な要素を持っていると思います。 そんなわけで、本書『Xの悲劇』は、個人的には『ロス名義シリーズ』の中において知名度ではナンバー1の『Yの悲劇』を凌ぐ名作だと思います。 |