邪馬台国はどこですか?
作者:鯨統一郎
出版:創元推理文庫
初刊:1998
装丁:イラスト 松尾かおる
定価:520円+税

[あらすじ]
 地下にあるカウンター席だけのバー、『スリーバレー』で行われる歴史検証談義。『ブッダは悟りなんて開いていない』、『邪馬台国は東北にあった』。在野の研究家宮田六郎の爆弾発言に大学助手にして若き美貌の天才世界史研究家早乙女静香の怒りが爆発する!!
 バーテンダーの松永は話についていくため予習に励む一方で素人ながらに口をはさみ、大学教授の三谷はそつなくフォロー。しかしバトルはますます白熱し、酒肴は次々と消化されていく…。



 本書は、歴史ミステリの短編集です。
 歴史ミステリといえば、何といってもジョセフィン・テイの『時の娘』が有名です。
 『時の娘』は、主人公グラント警部の刑事の視点で歴史を推理していく論理の流れは爽快ですし、アームチェア・ディテクティブ(グラント警部は骨折してベッドの上にいるので『ベッド・ディテクティブ』ですけど)という机上の推理だけで謎を解決するという形式の名作としても知られています。
 しかし、そこで扱われている『謎』は、『薔薇戦争』の時代に悪名高く知られるリチャード三世は本当に悪逆非道な悪人だったのか?という日本人にはなじみの薄い『謎』であるのに比べて、本書の歴史上の『謎』は全て我々に身近のものです。試しに本書の目次を紹介しますと(注:カッコ内アイヨシ)、

悟りを開いたのはいつですか?
(ブッダが開いたという『悟り』の真相に宮田が迫る。これに比べれば、ヘッセの書いた新潮文庫『シッダールタ』はブッダに対する読みが浅いな、と思わせられる作品。)

邪馬台国はどこですか?
(表題作。日本史上有名なミステリである『邪馬台国』の場所。畿内説と九州説が現在拮抗していますが、宮田は驚くべき珍説をぶちまける!)

聖徳太子はだれですか?
(その昔お札にもなっていた聖徳太子が実は架空の存在だったと言われたら、あなたはどう思いますか?『聖徳太子はなぜ天皇になれなかったのか?』など、幾多の歴史上の疑問を芋づる式に解決する宮田の回答には絶句!)

謀反の動機はなんですか?
(『本能寺の変』といえば、その真相・黒幕の正体が今も歴史上のミステリとして語られていますが、宮田はある意味『反則では?』と思われる新説を主張する。)

維新が起きたのはなぜですか?
(これも『反則』ですね。)

奇跡はどのようになされたのですか?
(『ゴルゴダの丘』で十字架にはりつけにされて処刑されたキリストが復活したという『奇跡』。本当に死んだ人間が甦ったのか?宮田の思考は時空を超えて『奇跡』の裏に隠された真実を明らかにする!)

 以上のようなもので、皆さんご存知のものばかりだと思います。これだけでも歴史ミステリとしての面白さは『時の娘』を上回ります。
 個人的には、『奇跡はどのようになされたのですか?』が大好きです。最高です。阿刀田高の『新約聖書を知っていますか』(新潮文庫。これも良書です)と併読しましたが、本書、すなわち宮田の説が真相に違いない!と思いました。

 「歴史ミステリの制約と申しますと、提供されるデータはすべて、史書に記載されているものだけを使う、ということになります。作者の創造した事件を扱う場合とはまったく条件が異るわけです。持ち出してくるデータは万人衆知のものでも隠れたものでもかまわないが、とにかく、作者のでっちあげでは困る。先人の遺した記録として世上に通用する資料のみを手がかりとするのですから、条件としては歴史学者が研究をする場合と同じです。」(ジョセフィン・テイ著、ハヤカワ文庫「時の娘」小泉喜美子の訳者あとがきp287より引用)と、いきなりの引用文ですが、もちろん本書でもその制約は守られています。
 そして、アイヨシの知らないデータ・資料も次々と容赦なく珍説の根拠として挙げられてきます。しかし、知らないのですが不快ではありません。むしろ快感です。なんか、上手に騙されている気分になるといいますか、そこまでやるか!というような幸せな気分になれます。例えば表題作の『邪馬台国はどこですか?』では『魏志倭人伝』の読み下し文が紹介されたり実在の学説が紹介されたりと一般にはなじみのない議論がテンポよく展開されていきますが、それこそ歴史ミステリの醍醐味だと思います。
 テンポのよい原因はバーテンダーと常連客3人のコミカルにして熾烈なやりとりにあります。『偶然持ってきた』ノート・パソコンとか、『ちょっと作ってみた』旧約・新約聖書全編スライド映写機など、登場人物はスマートを装いつつも大真面目にバトルします。このやりとりは最高です。
 テンポのよいもう一つの原因は本書が短編集だということにあります。『時の娘』が長編小説で、疑問が湧くたびに資料を調査するというストーリー展開なのに対して、本書は短編集であるために、資料はあらかじめ登場人物が用意しています。そのため、疑問が出てもすぐにそれが立証されていきます。

 歴史ミステリは面白いにもかかわらず、書き手が少なくあまりなじみのないジャンルです。その原因としては、「取材が難しく、調べたことを消化するための専門的な知識の蓄積が必要であるうえに、今度はそれを読者向けに易しく書きおろす文章技術も不可欠と、あまりにもハードルが高いから」 (本書「解説」p311からの孫引き)という宮部みゆきの分析があります。
 そうした高度なハードルを越えた作品ばかりが集まっている『邪馬台国はどこですか』は、最高の歴史ミステリにして珠玉の短編集といえるでしょう。


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