| そして誰もいなくなった | |
| 原題:TEN LITTLE NIGGERS 作者:アガサ・クリスティ(Agatha Christie) 訳者:清水俊二 初刊:1939 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバー 真鍋博 定価:466円+税 |
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「…and then there were none.」(マザー・グースの原詩より。):「そして誰もいなくなった」は、クリスティの作品の中でも最も有名な作品です。 ちなみに、原題は「TEN LITTLE NIGGERS」:直訳すると、「十人の黒ん坊」なのに、作品中では島の名前がインディアン島だったり、マザー・グースの詩がインディアンになっているのは、本当は黒人(講談社文庫発行、谷川俊太郎訳、平野敬一監修「マザー・グース 4」に掲載されている原詩では「little black boy」とされています。)となっているんですが、1940年にアメリカで出版されたときに人種差別の問題から蔑視語であるNIGGERSを避けてインディアンとなったものが、日本でもそのまま邦訳されたわけです(別に人種問題を軽視するわけではないのですが、黒人はダメでもインディアンならよいのかとも思ってしまいますが…)。 「ミステリの女王」として知られるクリスティの作品ですが、本書はジャンルとしてはミステリではなくサスペンスに分類されるべきものでしょう。なぜなら、ミステリには不可欠な探偵役が存在せず、次は自分が殺されるのかと集団的被害者が主人公となっている点(早川書房編集部編、ハヤカワ文庫「ミステリ・ハンドブック」p220参照)や、犯罪の謎を解く手掛かりがない(本書解説「童謡殺人」p272参照)からです。 童謡殺人とは、「童謡や数え唄、詩のとおりに殺人が重ねられていく形式」で、その動機・目的は「殺人動機が複数の相手に対する復習の場合、これから殺そうとする相手に恐怖を与える手段として使うことがありますね。その唄は犯人と被害者たちにとって、重要な意味を持っていたりするわけです。無関係の人間にはわからないが、被害者たちには、なぜ自分たちが狙われるのかがわかるという仕掛けです。また、容疑を別の人間になすりつけるため、という使い方もあります。その唄に関わりの深かった人間を、犯人に仕立てようとするわけです」が、「苦しいです」「歌詞どおりに殺したり、死体を処理したりするのは大変ですからね。ヘタすると、そこから足がついてしまう。それだけのリスクを負っているわりには、犯人にとってのメリットが少なすぎます。はっきりいって余計な苦労だと思いますね」(東野圭吾著、講談社文庫「名探偵の掟」p209より。この本については、アイヨシは別に書評を書いていますので、興味のある方はどうぞ。ちなみに、この本の第九章「殺すなら今」は、本書「そして誰もいなくなった」のパロディになっています。)…何て言われていますが、それでも、素直に読めばワクワクドキドキ(死語)の作品だと思います。 謎を解く手掛かりがない、と上述しましたが、一応作品の最後の方で、言い訳がましいフォローがされています。その中に、「第二の手がかりは子守唄の七番目の文句の中にある。」、「燻製のにしんという言葉からは、彼が何者かに欺かれて死んだことが暗示されている。」(本書p265より)とされていますが…こんなの分かるはずがありません。 というわけで、その意味を読み解くことにしますと、燻製のにしんとは、レッド・へリング、すなわち、人の注意をそらすもののことで、「ミス・ディレクションと同様、作者が真犯人をくらませるためにばらまく怪しげな容疑者。狐狩りで、犬が惑わされないよう赤ニシンを用いて訓練したのが由来、だという。」(「ミステリ・ハンドブック」p231より)とのことです。 その他にも原書で読めば気付くかもしれないものに、子守唄の六番目の文句が二重の意味を持っているということを挙げることができます(アガサ・クリスティ著、新水社発行、福田逸訳「そして誰もいなくなった」の「訳者あとがき」p184参照)。六番目の歌詞は、原文では以下のようになっています。 Five little black boys going in for law; One got in chancery, and then were four. この"go in for law"という部分は、"法律を専攻する"という意味と"法に訴える"という両方の意味にとることができるのです(講談社文庫発行、谷川俊太郎訳、平野敬一監修「マザー・グース4」横組みページp61参照)。 また、原詩には二つの終わり方がありまして、一つは作中にある「一人のインディアンの少年が後に残された 彼がくびをくくり、後には誰もいなくなった」(本書p37以下参照)というバージョンです。もう一つは、こちらの訳はインディアンに変わっていないものですが、「一人残った黒人の子供が一人ぼっちで寂しくなって、素敵な娘と結婚した そして誰もいなくなったとさ!」(アガサ・クリスティ著、新水社発行、福田逸訳「そして誰もいなくなった」p182以下)というものです。講談社の「マザー・グース4」でも、こちらの方が掲載されています。 クリスティは、前者のバージョンで小説を書きました。こちらの、本当に誰もいなくなる終わり方が、一般によく知られています。 そして、後者のバージョンを使って戯曲を書きました。そちらの方は現在、先にも挙げていますが、新水社発行・福田逸訳の「そして誰もいなくなった」(以下、「戯曲版」)で読むことができます。 こちらの方は、舞台で登場人物すべてを殺すのはまずいとの配慮で結末が変更されたとされていますが(「戯曲版」p184参照)、その結末のみごとさは、「さすが女王!」です。 小説版のエンディングしか知らない人がこの結末に触れたら、さぞ驚いたことでしょう。「戯曲版」は小説版よりもシンプルに話がまとまっていますし、クリスティ・ファン(オタク?)にはオススメの一冊です(総ページ数185で1800円+税というのは少し割高な気もしますが…)。 こうして見てみますと、本書は、ストーリーはシンプルですが、こだわって読むと色々と面白い発見に触れることができます。そうした枝葉の部分も含めて、アイヨシ一押しの一冊です。 |