オリエント急行殺人事件
原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS
作者:アガサ・クリスティ(Agatha Christie)
訳者:蕗沢忠枝
初刊:1934
出版:新潮文庫
装丁:カバー写真 UIP映画提供
定価:514円+税

 今回はネタバレです。クリスティの作品はネタを知ってしまうとつらいものがあるので、未読の方は注意して下さい。

 本筋とはそれますが、本書は新潮文庫以外にも創元推理文庫やハヤカワ文庫(邦題は「オリエント急行の殺人」となっています。)からも出版されています。その中からアイヨシが新潮文庫のものを選んだのは、ミステリといえば創元推理文庫かハヤカワ文庫(クリスティやクイーンは特に。)だったので、ちょっと反抗してみたかったという、単なる天邪鬼からです。ただ、通常はやはり老舗である創元推理文庫やハヤカワ文庫などを選んだ方が無難だと思います。ミステリの邦訳には真相が最後まで隠されるような独特の技術が要求されるでしょうから。もっとも、アイヨシが読んだ限りでは新潮文庫でも大丈夫でしたから、そんなことには気を使わずに自分の本棚の出版社占有率やデザインなんかを優先しても問題ないでしょう。

 さて、作品紹介に入りますが、クリスティは本当にすごい作家です。何がすごいかといえば、「アクロイド殺し」の書評でも述べましたが、発想の自由さです。その自由さは本作品でも如何なく発揮されています。本作品においてクリスティが何をやらかしているかといえば(以下、ネタばれです)、一言でいえば「全員が共犯」です。もっとも、全員というのは大げさで、探偵であるポアロは犯行と関わりがありませんし、その他最初からポアロに協力を要請している人物などは犯人ではありません。が、その他の容疑者のほとんどがグル(地下鉄サリン事件などですっかり響きが悪くなってしまった言葉ですが…。もちろん、ここではそういう意味ではありませんので悪しからず)なのです。
 「全員が共犯」というのは、今となっては大抵のミステリ・ファンであれば疑ってかかる真相ですが、その大胆なトリックを最初にやったクリスティはやっぱりすごいです(アイヨシは最初だと思うのですが…。いや、こっちの方が早い!というのを知っている方がいたらメールなどで教えて下さい)。

 クリスティの旅行好きは有名で、本作品もそうした彼女の趣味が色濃く反映されたものとなっています。

 また、本作品は走行中の列車の中で物語が展開するということで、本格ミステリによく使われるクローズド・サークルものとしても楽しめます。クローズド・サークルとは、「外部と一切の交渉を絶たれて閉鎖した場所で行われる殺人」(この定義は有栖川有栖著、創元推理文庫「月光ゲーム」p100より引用)のことです。よくあるのは、「雪山の山荘」というパターンです。その設定の効果は、同じく「月光ゲーム」によれば、外部からの侵入者がないのだから犯人は集団内の誰かの中に潜んでいることになり、犯人が絞られると同時にサスペンス的効果も得られるという点にあります。

 そんなわけで、本作品はクリスティの斬新なアイデアと本格ミステリにおける典型的な舞台設定が楽しめる、本格ミステリの古典的名作といえるでしょう。


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