第1部…「火車」の経済小説としての側面を読み解く。 |
本書はカード社会の問題を扱った経済小説として分類することもできます。 一般にクレジット・カードといわれているものの細かい分類などが、ページをさいて正確に説明されていますが、決して作品を読み進めていく上でリズムを損なうものではありません。経済小説というと、読み進めるためには専門用語などの特別な知識が要求されるのでは?という気もしますが、本書に限ってはそんなことはありません。 話は少々ずれますが、自分にとって未知の分野について触れている小説を読む場合に、知らない言葉がたくさん出てくることがありますが、そうしたものを読むことも自分の視野や識見を広める上で非常に有意義なことだと思います。ただ、ものによっては良く、あるいは全く分からないものもあります。でも、そうしたものを読むときでも、理解不能であるにもかかわらず何となく楽しいのは私だけでしょうか。 とにかく、本書は経済小説ですが、万人が楽しめる本だと思います。これからの現代社会を生きていくためには、私は正直あんまり考えたくはないのですが、お金なしという訳には行きません。ですから、金融をはじめ複雑多様化する現代の経済状況において、現代社会を背景にする小説では経済を全く抜きにして語ることは、今後より一層難しくなっていくのではないかと思います。 作中においては、クレジットが日本の社会に急速に普及した事実・その背景など丁寧に描かれており、これらの知識を押さえておくことは、デビット・カードや電子マネーといった新たな支払・決算方法が模索されている現在でも意義のあることだと思います。 また、カード破産が生じる背景、高度経済成長期の破産と現在の破産の違いなども指摘されていて、非常に興味深いです。詳しくは本書に書かれていますが、高度経済成長期の破産はいわゆるローン破産で、一家の長たる夫が多額の借金を背負うため、その被害が家族に直接的に及ぶために一家離散などの悲劇を生じることになります。 一方、現代のカード破産は、借財に関する無知と、クレジットによって得られる、実際には幻想に過ぎない満足感、本書の表現を借りれば、錯覚に浸るために借金を繰り返す、若者の破産です。この破産は対象が若者であるがゆえに、金額も比較的小額で、家族に被害が及ぶこともあまりないのですが、前者の破産と比べると裾野が広がったといえるでしょう。 余談ですが、このようなことは過労死についてもいえます。高度経済成長期の過労死は、そこまで働かなくても良いのに、出世のため会社のためと働いた結果の過労死でした。 しかし、バブル崩壊後の過労死は、過労死か、さもなくばリストラという、前者の場合よりは過労死に追い込まれる理由は納得できるものがありますが、状況は深刻ですね。 ついでに、破産について一般に誤解されやすいことがあるので補足しておきますと、破産してもその事実は戸籍などに記載されることはありませんし、選挙権・被選挙権などの制限をうけることもありません。もっとも、アイヨシも法学部生になってから始めて正確なことを知ることができたのですが。常々思うのですが、日本は法律と経済についての教育が甘いと思います。昨今叫ばれている自己責任の原則も、両契約当事者が共通の土俵に立てる場合にあることが前提にあるわけで、そのためには基礎的な経済観念と法律知識は不可欠だと思うのですが。私は、法律知識はとにかく経済観念には自信がありません。 また、戸籍についても触れられています。戸籍とは、各人の家族関係を明らかにするための制度です。戸籍というのは実に不思議な制度です。海外にはあまり例がないようですし、一説には日本的な「家」概念の賜物だとされています。戸籍というのは家族に家長(戸籍主)を主体に記載されていますし。こんなものが何の役に立つのかといえば、まあ、作中でも戸籍についている「附表」を見れば、住民票を転々と移した経緯が記載されているので、それによって本物の「関根彰子」(以下、関根彰子)と、その戸籍を乗っ取っていた女(以下、新城喬子)の足取りを追跡する役には立っているのですが…だったら、例えば住民票にその附表をつければすむことですし。 ちなみに、住民票とは住民に関する行政上の事務処理を行う上で必要な情報を、個人単位で作成された記録のことで、こちらはそれなりに選挙人名簿の基準となったり国民年金、住民税はじめ様々な行政サービスや義務の基礎を支える役割を担っています。 また、昨今、夫婦別姓問題が取り上げられていますが、戸籍制度は夫婦同姓を基盤にしているために、もし夫婦別姓にしてしまうと戸籍制度の大幅改正を迫られるため多額の経費が必要になるとして、夫婦別姓に反対する人もいます。しかし、戸籍制度も所詮は手続法(実体法を実現するための法のこと。例えれば、プリンタ(例えば刑法)が実体法でプリンタドライバ(刑法に対応する手続法は刑事訴訟法)が手続法ということになります。)なのですから、実体法が改正されたら手続法もそれに合わせるのが原則であるはずなのですが…。 一応、戸籍の意義についてフォローしておきますと、戸籍は重婚を防止するのに役立ってます。 戸籍の乗っ取り方法は本書の内容でも十分ですが、さらに詳しく知りたい人は「完全失踪マニュアル」(樫村政則著 太田出版)をオススメします。あくまで好奇心の充足のためのオススメ、という意味ですが。 |