クリスマスに少女は還る
原題:JUDAS CHILD
作者:キャロル・オコンネル(CAROL O'CONNELL)
訳者:務台夏子
出版:創元推理文庫
初刊:1999
装丁:デザイン 矢島高光
定価:1000円+税

注:
本書のネタバレは、アイヨシの力量では到底不可能なので安心して読み進めてください。


◆背表紙から
巧緻を極めたプロット。衝撃と感動の結末。新鋭が放つ超絶の問題作!

[あらすじ]
 クリスマスを迎えようとする町から2人の少女が姿を消した。刑事ルージュは15年前に双子の妹を殺された過去を持つ。15年前の事件との関わりをルージュにほのめかす顔に醜い傷跡を持つ法心理学者のアリは、過去の事件と今回の事件との類似性及び同一犯人による可能性を指摘する。しかし、15年前の犯人は既に捕まっている。15年前の事件ではクリスマスの日に少女は殺された。少女所を誘拐してはクリスマスに殺す殺人者。クリスマスが刻一刻と迫る中、捜査は難航し、少女の両親はあらゆる手段を尽くして娘の居場所を探し出そうとする。一方、監禁された少女は疲労と恐怖の中、脱出の機会をうかがっていた…。



 上記引用の背表紙の文句の他に、特に言うことは何もありません。「巧緻を極めた」も、「衝撃と感動」、「超絶の問題作」も言葉どおりです。過大評価ではありません。それほどまでにものすごいラストなのです。登場人物も丁寧に書かれていますし、警察の捜査過程も手に汗握ります。しかし、エピローグがあまりにすごくて印象的で、ベタボメするしかありません。まさに予想外の結末です。

 「巧緻を極めた」という点については、アイヨシは最後まで読み終わって、衝撃に打ちのめされた後、再読して納得です。見事としか言い様がありません。ちなみに、初読と再読では、物語の見方といいますかジャンルといいますか、本書に対するアプローチはガラリと変わるはずです。とにかく、本書を読まれた方は再読せずにはいられないはずです。

 「衝撃と感動」というのは、例えれば、ヒーリング系の音楽を聴いてるような感覚と、フリーフォールをしているような感覚とに同時に襲われたとでもいえば良いのでしょうか…。ミステリは一般に秩序回復の物語といわれますが(例えば綾辻行人対談集「セッション」集英社文庫の綾辻行人と京極夏彦の対談、特にp113以下参照)、本書のエピローグは回復された秩序が再び崩壊し、再構成されます。その崩壊・再構成の過程は読む人によって違うと思います。崩壊したまま終わりを告げる読み方もあると思いますし、それ以外の読み方もできるとは思いますが…。

 問題作という点では、フェアかアンフェアという点は問題ないと思います。なにしろ、謎は物語の前半部分ですでに提示されているのですから(ここでいう謎とは、誘拐犯は誰だ?とか、アリの傷の原因は?とか、そういうものではありません。)。すなわち、本書の萩原香の解説を引用すれば、「まさかこういう話であったとは。」(本書p630)ということになるでしょう。それだけの作品ゆえに、人によっては愚作と評価することもあると思います。例えば、「アクロイド殺し」(アガサ・クリスティ著、ハヤカワ文庫。創元推理文庫版は「アクロイド殺害事件」。)を巡ってフェア・アンフェア論争が生じたように(論争の概要については瀬戸川猛資著・創元ライブラリ「夜明けの睡魔」p204以下参照)、この作品も評価が分かれることも考えられます。しかし、ミステリとしての読み方をすれば論争の余地があるかも知れませんが、2人の少女の友情の物語として読むときには、それによって生まれる感動、悲しみを否定することはできないのではないでしょうか?
 そういう意味で、本書はミステリファンのみならずそれ以外の読書愛好家にもお奨めの一冊です。

 余談ですが、この本のタイトル「クリスマスに少女は還る」は素晴らしい訳だと思います。原題は「JUDAS CHILD」、囮の子という意味ですが、邦題は本書の真相を端的に暗示していて最高だと思います。


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