| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Onehundred-Thirtieth bookshelf 浅田次郎『蒼穹の昴』 |
「媽媽!昴星在ロ那児!」 御影 「♪かぜのなかぁのぉすぅ〜ばるぅ〜」 フジモリ「いきなりなに歌ってんだよ」 御影 「というわけで、今週のプロジェクトXは『李春雲〜激動の清末期を生きた男〜』をお送りします」 フジモリ 「違…あってるよ!でも違うよ!」 御影 「どっちやねん」 フジモリ 「今回は浅田次郎の『蒼穹の昴』の書評だろ!?」 御影 「そやそや。思い出した。ウチの好きな中国モノやからつい張り切ってしもぉた」 フジモリ 「張り切りすぎだって!」 御影 「せやかて、ウチ、中国文学専攻やから」 フジモリ 「あー、そういや、そんな設定だったなぁ」 御影 「ちゅうわけで、さっそくあらすじいくで。 貧家の子、李春雲(春児)は糞拾いによって生計を立てていたが、貧しい家族のために浄身し、宦官となって西太后の元に出仕する。一方、春児の兄の義兄弟で同郷の梁文秀(史了)は光緒十三年の科挙を主席で合格し光緒帝に仕えることとなる。 その頃清朝内部では、西太后を戴く后党と、西太后を除いて皇帝の親政を実現しようとする帝党とに分かれ激しく対立していた。春児は西太后の寵を得てその側近として仕え、文秀は皇帝を支える変法派若手官僚の中心となる。 敵味方に分かれてしまった二人は滅びゆく清朝の中で懸命に生きていく…。 ちゅう話や」 フジモリ 「『蒼穹の昴』文庫版は全4冊だけど、「一作」とカウントし、ネタバレなしで未読の方に勧めていく書評にしたい」 御影 「よっしゃ、気合いれてくでぇ!…そぉいや、浅田次郎って以前書評せぇへんかったっけ?」 フジモリ 「書評した。とはいっても小説でなく、競馬エッセイ『競馬どんぶり』だけどね。今回書評するのは中国、清の末期を舞台にした壮大な大河小説だ」 御影 「そやなぁ。それこそウチがさっき言ぅた、プロジェクトXやもんなぁ」 フジモリ 「『蒼穹の昴』の主人公は二人いる。貧民の子、李春雲(春児)と、若くして科挙に合格した梁文秀(史了)だ。物語はこの二人を軸に動く」 御影 「せやけど、この二人、実在せぇへんのやんね」 フジモリ 「その通り。浅田次郎の凄いところは、実際の歴史物語に架空のキャラクタを加え、あたかも彼らが存在したかのような「歴史」を紡いでしまったところだ。実際、物語の脇を固める登場人物として、西太后や李鴻章、袁世凱など、歴史の授業で名前を聞いたことがある人物が勢ぞろいしている」 御影 「明治剣客浪漫譚『るろうに剣心』みたいなもんやね」 フジモリ 「違…あってるよ!でも違うよ!」 御影 「せやから、どっちやねん」 フジモリ 「漫画『るろうに剣心』は明治初期を舞台にしていて、新撰組や幕末の偉人など歴史上の人物が登場している。しかしながら、物語は歴史そのものと直接関係しない、主人公「剣心」の話だ。一方『蒼穹の昴』は、架空の登場人物を主人公に据え、実在の歴史上の人物が脇を固めるという構図自体は一緒だけれど、紡がれているのは「歴史」そのものなんだ」 御影 「ふむふむ。確かに、大勢のキャラクタが登場するけど、どちらかというと「神の視点」で物語が進められるんで、読者は登場人物たちの生き様が歴史になっていく様を俯瞰して読み進めていけるもんなぁ」 フジモリ 「そうだね。読者は李春雲をはじめとする魅力的なキャラクタに感情移入すると同時に、彼らが紡ぐ「歴史」そのものにも感情移入し、物語に引き込まれる」 御影 「そやなぁ。実在の人物達に混ざって、主人公二人が実に生き生きと「歴史に参加」しとんのよなぁ」 フジモリ 「物語の舞台となる時代の清は、1884年にインドシナ半島の植民地化を進めるフランスに対してベトナム宗主権を主張して清仏戦争を起こしたけど、これによって冊封国ベトナムを失い、その後も日清戦争で敗れ、アジアの盟主としての地位が大きく揺らいでいっている、まさに激動の時代だ」 御影 「続に言う、「寝た子を起こす」ってやつやね」 フジモリ 「違うって!」 御影 「あれ?「ニワトリを殺すな」やったっけ?」 フジモリ 「もっと離れていってるって!」 御影 「どんと!きる!あ!くっく!」 フジモリ 「わけわかんないよ。「眠れる獅子」だろ、それを言うなら。とにかく、欧州列強によって分割された清は死に体の様相を見せている。都では西太后が権威を振るい、それに対抗しようとする勢力も出てこようとしている」 御影 「うーん!激動の時代やね!やっぱ、こういうのええわぁ」 フジモリ 「日本だったら戦国時代や幕末、中国だったら三国史の時代が真っ先に思い浮かぶよね。今昔問わず男性が好きな時代だ。思うに、「天下を取る!」というのが、なにか心にグッとくるんだろう。血湧き肉踊るというかね」 御影 「確かに。それに、中国いぅたら、ほんま広いもんなぁ」 フジモリ 「ヨーロッパほどある広大な大地を統一してしまう「誰か」が存在してしまうんだ。凄いよね。「天下を取る」ということが並々ならぬ困難さだというのがひしひしと伝わるよ。それでも、「天下を取ろう」と考え、動いている人たちが存在していたんだ」 御影 「タイトルの『蒼穹の昴』やなぁ。青々とした空にきらきらと輝く昴。主人公の李春雲は、子供の頃予言師の老婆に言われた言葉を信じ、星を掴もうとするんや」 フジモリ 「一方の梁文秀も科挙に合格し、仲間の官僚とこの国について憂いていく。二人は交わることなく、しかしながら期せずして、この激動の清末期の渦中を生きていくんだ」 御影 「こぉしてみると、ほんま二人が実在したかのようやな」 フジモリ 「一つには、当時の景色が見えるほどリアルな描写とそれを裏づけしている知識というのがある。梁文秀は最初科挙の試験を受けるんだけど、科挙の情報がこれでもかと盛り込まれ、あたかも実際に科挙の現場を見てきたかのような描写で描かれてる」 御影 「こんな説明やね。 科挙----はるか漢代にその源を発し、度重なる王朝の交替にも決して滅びることなく継承され、むしろさらなる公平さを求めて複雑化していった清代末期の科挙は、その存在自体が制度の怪物であった。 (中略) 進士登第は、まさしく「日月をも動かす」壮挙であった。(1巻p34〜36) フジモリが以前書評した『聊斎志異』も科挙について述べれらたところがあったけど、この本読んだらさらに「当時の中国における科挙の存在」が重いことがわかるわぁ」 フジモリ 「そうだね。フジモリも学生時代に世界史を習ってたけど、けっこう近現代史って、ささっと終わらせちゃうところもあり「歴史のイメージ」が頭に入ってこないんだよなぁ」 御影 「そりゃあんたの頭の構造に問題があるんやろ」 フジモリ 「そうかもしれないけど。しかしまあ、世界史自体は好きだし、今作を読んで再度勉強したくなった。いわゆる「単語詰め込み」の勉強ではなく、それこそ当時の時代背景を俯瞰した「歴史」の学びを、ね」 御影 「そういう意味やと、この本は格好の入門書かも知れんなぁ」 フジモリ 「そうだね。主人公たちの群像劇に引き込まれながら、当時の時代背景も頭に入る。これは、キャラクタとストーリィ、そして世界が密になっているからだろう。歴史という世界によって生まれるストーリィのなかで動き回るキャラクタたち。フジモリが以前西尾維新『ネコソギラジカル』の書評(注:ネタバレあり)で語ったように、現在「物語」そのものの存在があやふやになっている。そんななかでこういう確固とした「物語」も存在するんだ、ということを改めて認識したという点でも、非常に収穫になった」 御影 「そやなぁ。そぉいや、以前書評した高殿円『カーリー』なんかも「歴史小説」のエッセンスがちりばめられとったなぁ」 フジモリ 「そうだね。『蒼穹の昴』はキャラクタに感情移入しつつも「歴史」という物語を存分に楽しむことが出来る。「物語」という概念が揺らぎかけている現代において、確固とした「物語」がある、これだけでもすばらしいことだ。この小説を機に、中国の歴史自体にも興味を持ってくれたら望外の喜びだし、それだけの力を持っている作品だと断言できる。「歴史もの」に少しでも興味を持っている方、また「物語」を味わいたい方に手放しでお勧めできる小説。これが、今回の感想かな?」 フジモリ 「ふう。いい小説読んだなぁ。「天下を取る」ってのは、ロマンがあるよね」 御影 「その通りや!ウチら「三軒茶屋」も、書評サイトの天下をとらなあかんで!」 フジモリ 「いや、別に目指してないし。フジモリたちのサイトはニッチな市場向けだから」 御影 「あかーん!ばしぃっ!(どごっ!)」 フジモリ 「(みぞおちをおさえ悶えながら)…「ばしぃっ!」って言いながら鳩尾を膝蹴りするか、普通…」 御影 「そんな嘗めたことぬかしとると、弱肉強食の世の中で生き残られへんで!」 フジモリ 「なんでだよ。ナンバーワンよりオンリーワンを目指してるんだからいいじゃないか」 御影 「あほか!?「オンリーワン」っちゅうのは、その分野の中での「ナンバーワン」っちゅうことやろうが!ニッチな市場やろうと、ナンバーワンを目指すんや!トップをねらえ!」 フジモリ 「最後のは微妙に意味が違っているような気がするんだが…」 御影 「蒼穹の空に輝く昴を掴むんや!ほら、あの北斗七星の隣にある小さな星!」 フジモリ 「あれは死兆星だって!見えちゃダメーっ!」 御影 「ごめんごめん。間違えてもぉた。あの真っ赤に燃える王者のしるしを目座すんや!」 フジモリ 「その星も違うよ!いいかげんにしろ!」 |