| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Onehundred-Twentynineth bookshelf 有川浩『空の中』(ネタバレ書評) |
白い丸々とした雲がちぎれ浮く青い空。 その空の中に−−白い影がじわじわと浮き上がりはじめた。 フジモリ 「さて、今回取り上げる本は有川浩『空の中』です」 舞奈 「この作者の作品取り上げるのは4冊目ね」 フジモリ 「そうだね。有川浩は『図書館戦争』、『図書館内乱』では「図書館が武装しているた架空の近未来」を描き、『レインツリーの国』では一転して純愛ストーリィを描いている、今フジモリが最も注目している作者だ。『空の中』は、『塩の街』に続く有川浩の2作目にあたる作品だ」 舞奈 「今回はどんな話なの?」 フジモリ 「ではまずあらすじからいこうか。舞奈、お願い」 舞奈 「はいはい。 200X年、高度2万メートルで起こった二度の航空機事故。 事故原因を調査している春名高巳は、2度目の航空機事故の生き残りである武田光稀と接触した。光稀の導きで高巳は空の中で、ある「物体」と遭遇する。 一方。高知の片田舎。父親を航空機事故で失った少年、斉木瞬は浜辺である物体を拾う。 重なり合う二つの「秘密」。 秘密に関わるすべての人が集ったその場所で、最後に救われるのは誰か…。 という話よ」 フジモリ 「今回は既読者向けの書評なのでネタバレ注意です。未読者の方はこちらのプチ書評を読んでみて下さい」 舞奈 「今回の舞台は空なのね」 フジモリ 「そうだね。今作は、空に浮かぶ謎の物体を軸に物語が進められる。その謎の物体をめぐり、その「一部」を拾った子供たちと「本体」に遭遇した大人たちの話が交互に繰り広げられるんだ」 舞奈 「様々な「波長」を操る巨大生物ね」 フジモリ 「そうだね。物語は高度2万メートルで起こった2度の航空機事故から始まる。民間航空機の開発プロジェクトに携わり、事故の調査員である春名高巳は、2度目の航空機事故の生き残りである航空自衛隊のパイロット武田光稀と接触するんだ。光稀の導きで高巳は空の中で、ある「物体」と遭遇した」 舞奈 「高巳は「スカイドン」って言ってたわね」 フジモリ 「うーむ。イメージ的にはウルトラQの「バルンガ」に近いかな」 舞奈 「バルンガ!あのDIO様に勝ったという巨大怪獣バルンガね!」 フジモリ 「どんな紹介の仕方だよ。とにかく、高巳と光稀はこの巨大生物と接触し、会話を試みる。これが【白鯨】パート」 舞奈 「一方、高知の片田舎。2度目の航空機事故で父親を失った少年、斉木瞬は浜辺でこの生物の「一部」を拾った。「フェイク」と名づけられたこの物体と、瞬は心を通わせていく。これが「フェイク」パートね」 フジモリ 「この高知の片田舎の雰囲気がいいよね。作者有川浩の故郷でもあり、のんびりした感じがでてる」 舞奈 「幼なじみの佳江もいい味出してるわよね。幼なじみ!うん、いいわねぇ」 フジモリ 「わけわかんないよ。…で、空の巨大物体【白鯨】をめぐり、国際問題とか真下にいる住民の不安とかいろいろな要素が絡み合っていくわけだ」 舞奈 「なかでも、一度目の航空機事故で父親を失った白川真帆が設立した反【白鯨】団体「セーブ・ザ・セーフ」の活動は激しく、世論も次第に反【白鯨】に向かおうとしていくわ」 フジモリ 「このあたりの世界の動きというのが非常にリアルだよね。【白鯨】そのものもそうだけど、ウソをウソと思わせない勢いのある筆力で物語が進められるので、読者はあっという間に本に引きずりこまれる」 舞奈 「そして、物語は起承転結の「転」を迎えるの。米軍が巨大生物に向け、ミサイルを発射する」 フジモリ 「爆撃によってバラバラになった【白鯨】。太古の昔より自己が「一体」しか存在しなかった彼にとって、自身が分割されるのはそれこそ「体が引き裂かれるほどの」苦痛だった。そして「彼ら」となった【白鯨】は、人間に復讐を始める」 舞奈 「ここからは怪獣ものよね。パニックになる民衆。攻撃をやめさせようと【白鯨】に再度コンタクトをとろうとする高巳たち。一方、瞬は「フェイク」を使ってこの分裂した【白鯨】を倒そうと試みるの」 フジモリ 「瞬は父親の敵である【白鯨】に対し必要以上の復讐心を持ち立ち向かっていくんだ」 舞奈 「…と、こうしてみるとこの時点では「少年が世界を救う」、いわゆるセカイ系のパターンよね」 フジモリ 「しかし、この小説は「セカイ系」と全くベクトルが異なる。「世界を救えるだけの力」を持った少年、そしてその少年を利用する白川真帆に対し、【白鯨】と接触し続けてきた高巳たちは「個人の力ではセカイを救えない」とつきつけるんだ」 舞奈 「この論理展開は見事よね。「セカイ系」という物語は、いわば主人公の恋愛などの日常と、世界滅亡などの大状況が、まったく無関係に結びつけられて物語が展開していくわ。この作品で言うと「瞬(とフェイク)」と【白鯨】が直接戦って世界を救うこと。そして反【白鯨】団体 「セーブ・ザ・セーフ」もそれを望んでいるわ。しかし、高巳はそれを否定するの。 個人関係なんてあやふやなものに種族間の講和を担わせちゃうのは却って危険だと思うんだけど。(p427) 確かに、個人が中間階層をすっとばして「セカイ」を救うことは可能だわ。しかし、救った後の「セカイ」を「持続」させていくことは難しいわね」 フジモリ 「そしてそれこそが「組織」の役目だと高巳は語るんだ。【白鯨】が完全にその存在を消さない限り【白鯨】との共存は続くし、仮に存在を消滅させたとしても第2、第3の【白鯨】が現れる可能性がある。そんな時に「個人」に頼るような脆弱な体制では対応が出来ない。必要なのは、「個人」が入れ替わってもその「役割」がまっとうできる「組織」なんだ」 舞奈 「今まで「セカイ系」と呼ばれる作品に対し様々な言及があったけど、この作品は「セカイ系」のセキュリティホールを突いたひとつの回答を出しているといっても過言ではないわね」 フジモリ 「瞬の育て親代わりでもある老人、宮じいも良いキャラだよね。 「瞬よ」 突然、話の流れを完全に無視して瞬に語りかけたのは宮田だった。 「お前は一体何様になったがな」(p425) 宮じいの言葉は瞬や真帆の心に深く突き刺さる。自己が肥大化した少年少女を諫めるのはやっぱこういう人生経験深い老人じゃなきゃね」 舞奈 「そうね。最後、誰が救われたのかは既読の方はわかるけど、念のために伏せとくわ。そして、物語は日常に戻っていく」 フジモリ 「そのあとの主人公たちのラブラブぶりが良いよね。特に、最初は高巳に冷たく当たっていた光稀が次第に心を開いていくところは読んでて身悶えするほど面白かった」 舞奈 「やっぱ時代はツンデレよね。もうミス・ツンデレって感じ!」 フジモリ 「それもわけわかんないよ。とにかく、最後は糖分多目の恋愛小説、という感じで読後感も良かった。高巳と光稀のその後については「ファイターパイロットの君」というタイトルで短編集『クジラの彼』に収録されているので気になる方は読んでほしい。こっちはもっと糖分多めだ。 有川浩の作品に共通して言えるけど、地に脚ついた設定と勢いのある筆力で一秒たりとも読者を飽きさせない。今作は二作目にして代表作とも呼べる作品だと思うよ。非常に楽しく読めたし、一方で反「セカイ系」の旗手となるだけのポテンシャルを秘めている。そういう意味でも様々な人に胸を張ってお勧めできる作品だと思ったな。それが、今回の感想かな?」 舞奈 「ふうむ。反「セカイ系」としての回答ね。確かにそうやって読むとまた別の面白さがあるわ」 フジモリ 「全能感と肥大した自我、そして一種の潔癖さを持った少年が世界と対するところなんかはまさに「セカイ系」の骨組みだもんね」 舞奈 「確かに。そういえば、インターネットがなぜ革命をもたらせたかという問いに対し、「個人が世界と直接繋がるようになった」という意見もあるみたいだしね」 フジモリ 「そういう意味でも、個人が世界と繋がることで「全能感」を得たと錯覚してしまうんだろうね。そしてそれを諌めるのが中間にある「組織」だとか「家族」だと思うよ」 舞奈 「そうね。私も以前デスノートを拾ったときに、「これで世界は私のものよ!フハハハハ!」って思ったもの」 フジモリ 「キラかよ!ってか、そんな物騒なもの拾うなよ!」 舞奈 「自分の意志が具現化できる全能感…ほんと、素晴らしいノートよね」 フジモリ 「危ないよ!」 舞奈 「まず最初に書いたのが「変身のキーワードは『チェイング』」だったかしら…」 フジモリ 「それデスノートじゃないって!ドリムノートだって!」 |