フジモリの脳内ラビリンス

〜a labyrinth in fujimori's brain〜

Onehundred-Twentyeighth bookshelf
吉田典生
『なぜ「できる人」は「できる人」を育てられないのか?』





名選手は名監督にあらず。


フジモリ 「今回取り上げるのは吉田典生の『なぜ「できる人」は「できる人」を育てられないのか?』だ。いわばビジネス書なんだけど、フジモリの書評でビジネス書を取り上げるのは2冊目になる。さて、今回のフジモリのパートナーは…」

流希 「初めまして!」

フジモリ 「うわ!びっくりした」

流希 「新キャラクタの流希(るき)と言います!宜しくお願いします!」

フジモリ 「えらい元気いいね」

流希 「はい!わたしはフジモリさんの「新人の頃の人格」から出てきたキャラクタですので!」

フジモリ 「なるほど。ルーキー=ルキ=流希ね。敬語のキャラって珍しいね。普段はタメ口とか関西弁のキャラだし」

流希 「昔は舞奈さんも敬語だったんですけどね」

フジモリ 「懐かしいなぁ」

流希 「わたしはそんな「初心」を忘れないよう頑張っていきますので、宜しくお願いします!」

フジモリ 「よろしく。さて、書評にいこうか。この本はコミュニケーションコンサルタントが書いた「コーチング」についての本だ」

流希 「コーチングって何ですか?」

フジモリ 「簡単に言うと、「人材育成」のこと。この本ではまず、「できる人」を「自分の力で、求められている自分の役割に応えることが”できる”人」と定義している。野球で言えば打てる4番打者、サッカーで言えば点が取れるストライカー、という意味だ」

流希 「なるほど。でも、この本ではそういう「できる人」は「できる人」を育てられないって言ってるんですよね?」

フジモリ 「そう。章のタイトルはこんな感じ。

「できる人」が陥る三つの罠
 ・抜きんでた能力で頑張りすぎる
 ・成功体験にもとづく信念
 ・高い常識がもたらす非常識
「できる人」はこうして組織をダメにする
 ・仕事の目標だけで人を動機づけようとする
 ・「低次元なこと」の大切さに目を向けない
 ・自分の回転に合わせて部下を回そうとする

実際、スポーツの世界でも「名選手は名監督にあらず」という格言がある。ではなぜ「できる人」が「できる人」を育てられないんだろうか、ということがこの本に書かれているんだ」

流希 「へえ。で、何故なんですか?」

フジモリ 「まず、「できる人を育てる」ということについて説明すると、「能力がない人」を「能力がある人」に育てることが「できる人を育てる」ということだ。「できない人」を「できる人」に育てることができる人こそ「コーチ」なのであって、もとから「できる人」は誰のコーチのもとでも「できる」んだ」

流希 「確かにそうですね。「○○(名選手の名前)はオレが育てたんだ」と言っても、その選手は能力があるのですから別にそのコーチのもとじゃなくても「育つ」んですよね」

フジモリ 「その通り。「コーチングの能力」というのは、いかに「できない人」を「できる人」に育てられるか、という能力だ。スポーツの世界だったら「できない人」は生き残れないので「コーチング」というよりも「采配=マネージメント」が重要になる。しかし、会社と言う組織では自分の部下が「できない人」だからといってそう簡単に組織から弾けない。ということは、その「できない人」をいかに「できる人」にするかが大事なんだ。一つにはその人の長所を生かし適材適所にはめる「マネージメント」、そしてもう一つはその人の能力を伸ばす「コーチング」、これが重要なわけだ」

流希 「そうですね。そういう意味で、ビジネスの世界ではスポーツの世界よりも「コーチング」という能力が重要になってくるんですね」

フジモリ 「その通り。ではなぜ「できる人」は「できる人」を育てられないのかを説明していきたい。
まず、「できる人」は「できる」がゆえに、「できない人」がなぜ「できない」のかを理解できない。例えば「できる」人は能力があるので仕事をこなせる。結果、評価されて仕事が楽しくなり、それによってまた能力が上がる。一方、「できない」人は同じ仕事をするにも時間がかかる。「できる人」は「なんでこんな簡単なことができないんだ?」と無意識のうちに「できない人」に自身の能力と同等以上のものを求めてしまい、「できない」理由を見つけることができないんだ」

流希 「野球で言えば、「なんでお前はこんな球が打てないんだ?ほら、オレは打てるぞ!(カキーン!)」てやってるようなものですかね」

フジモリ 「そう。「できる人」ができてしまうがゆえに、「なぜできないのか」が理解できないのと同時に、出来るための手法を言語化、論理化しにくいんだ。特に、今までバリバリの「プレイヤー」として働いてきた上司に多い。おまけにそういう人達は、自分の経験則をそのまま当てはめてしまい、余計コーチングがうまくいかなくなる」

流希 「?、でも、それは良いんじゃないですか?過去の経験則を他人に教えて「コーチ」することのどこがまずいんでしょう?」

フジモリ 「問題点は2点ある。
一つ目は、コーチする相手に「自身の経験則」を嵌めることで、モチベーション(やる気)の源も同じだと考えてしまうこと。「仕事ができるから楽しい。やる気が出る」という「できる人」が、「できない人」に対しても「仕事ができればやる気が出るだろう」と考えてしまい、信賞必罰で接する。すると、「できない人」は「できない」ので余計やる気が出ない。例えばだけど、くだけた話として「一緒に飲みに行く」とか「休みを適度に取らせる」ということが本人のモチベーションアップに繋がる可能性だってある。「できる人」は「仕事以外」でのモチベーションアップに意外と目が行き届かないものなんだ」

流希 「なるほど」

フジモリ 「二つ目は、「自分がやったようにやれば成功する」と思い込んでいること。確かにコーチは「できる人」かもしれないけど、それはもともと能力があったから。例えばもともと「100メートルを12秒で走れる」人が努力して「100メートルを10秒で走れる」ようになったとき、自身の経験則で教える相手を「100メートルを10秒で走れる」ようにしようとする。しかしながら、教える相手が「100メートルを20秒で走る」人だった場合、その方法論はピント外れになってしまうんだ」

流希 「そうか。まずは「100メートルを15秒で走る」ことを目標にしなければいけないのに、コーチは「速く走るようになる」ための「自信の経験則」を当てはめようとしてしまいますもんね。「オレはこうやって速くなったんだ。お前も同じ事をすれば速くなる!」となりますし、しまいには「なんでお前はせっかく教えてやっているのに速くならないんだ!」となりますものね」

フジモリ 「その通り。いくら自身が100メートルを10秒で走れたとしても、100メートルを20秒で走る人を15秒にするには別の方法論が必要なんだ。まずは走ることを好きになってもらわなくてはいけない。走り方の「基礎」を教えなくてはいけない」

流希 「「できる人」が使う用語が「できない人」に伝わらない可能性だってありますものね。わたしも、最初専門用語を並べ立てられたときには「何がわからないのかわからない」状態でしたもの」

フジモリ 「そういう意味では、コーチとして向いているのは「できない人」から「できる人」になった人かもしれないね。相手の立場に立って考えることができるわけだ」

流希 「なるほど。勉強になりました。…でも、「コーチング」の能力がなくても、本人の「プレイヤー」としての能力があれば別に問題ないですよね」

フジモリ 「それは間違いだ。本書には、「できる人」であり続けることの難しさも示唆されている。例えば、「教えるのがめんどくさいから全部オレがやる!」という上司がいたとしよう。確かにその人がいる間は組織がうまくまわる。しかし、その人の持っているノウハウや情報は伝承されない。じゃあ、その人がいなくなったらどうなる?」

流希 「…結局、組織の能力が大幅に低下しますよね」

フジモリ 「よく、「オレが抜けるとこの仕事回らないんだ。オレって頼られてるよなぁ」という人がいるけど、そういう人は全体最適の考え方からするとアウト。むしろ、「自分がいなくても組織は動く」ようにしなければいけないんだ。情報の共有、後任の育成などなど。知識とスキルが属人化してしまう危険性はまさにそこにあるんだ」

流希 「まあ、完全な個人主義の会社だったらいいんでしょうけどね」

フジモリ 「しかしそうなった場合、本人は一生涯「できる人」であり続けなければならない。常にスキルアップに勤めないと、あとから入ってくる「できる人」に追い抜かれてしまう。能力が同じだった場合、会社は給料が安くて先が長い「若者」を選ぶことは自明の理だ。一生涯「できる人」、プレイヤーというのは非常に険しい道だ」

流希 「そうですね。スポーツの世界なんかをみると特にそう思います」

フジモリ 「しかしながら、「できる人を育てる人」っていうのは年を重ねれば重ねるほどその能力が向上する。限界年齢がないに等しいんだ。そういう意味でも、「できる人」から「できる人を育てる人」へのクラスチェンジの必要性というのがわかるね」

流希 「ふむふむ。それで、どうやったら「できる人を育てる人」になれるんですか?」

フジモリ 「それはこの本を読んで欲しい。少なくとも「できない人」の目線に立ち、相手に「伝わったこと」を理解し進めることが重要だ、と書かれているね」

流希 「今まで喋ったのは序の部分ですものね。詳細は読んでのお楽しみ、ということでしょうか?」

フジモリ 「その通り。この本では「できる人」と「できない人」の違いを明確にし、なぜ「できる人」は「できる人」を育てられないのか、また「できる人」から「できる人を育てる人」になる必要性を説いている。この本自体はビジネス書であり、会社員、特に部下(後輩)を指導する人に読んで欲しいんだけど、例えば学校の部活動で後輩を指導するときも同様のことが言える。「できる人」も、「できない人」もお互いの考え方が分かり、「コーチング」の大切さが良く分かるようになる。「できない人」を「できる人」に育てることがコーチングの能力であり、それは自身の「できる」「できない」の能力とは関係がない。「人に教える」立場の人なら一読して損はないと思うな。それが、今回の感想かな?」




流希 「コーチングっていうのは奥が深いんですねぇ。凄い勉強になりました。ありがとうございます!」

フジモリ 「うう。人にありがとうなんて言われたのは久々だよ。今のフジモリには眩しすぎる。(ぺかー)」

舞奈 「(鼻歌を歌いながらたまたま通り過ぎる)♪おし〜えて〜おじい〜さん〜」

フジモリ 「お。いいところにいた。舞奈、ちょっと来て!」

舞奈 「ん?何よ」

フジモリ 「紹介しとこう。新キャラの流希だ」

流希 「初めまして、舞奈さん!流希と言います!宜しくお願いします!」

舞奈 「まーたキャラ造型よく考えずに新キャラ増やしおって。…舞奈よ。よろしく」

流希 「宜しくお願いします!」

舞奈 「まあ、私たちの組織に入るんだから、入団試験が必要よね。とりあえずこの火の点いたライターを持って」

フジモリ 「パッショーネかよ!」

流希 「(ライターを手にとって)熱っ!…でも、皆さんに受け入れてもらえるよう頑張って持ち続けます!熱っ!熱っ!」

舞奈 「え!ボケを真面目に受け取られた!…ショックだわ。しかも健気にライター持ち続けてる…。うう。今の私には眩しすぎるわ。(ぺかー)」

フジモリ 「うんうん。良い新人キャラが入ってきた。これでフジモリの書評に新しい風が吹けばいいなぁ」

舞奈 「よし。この新人をしっかり教育しなきゃ。じゃあ、まずはジョジョ全巻一気読みよ!」

流希 「はい!コーチ!」

フジモリ 「…って、早速間違った方向にコーチングするなぁっ!!」



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