| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Onehundred-Nineteenth bookshelf 森博嗣『εに誓って』(ネタバレ感想) |
「バスを降りたのは、二人だけですか?」警官は訪ねる。 「そうです」彼らは泣きながら頷いた。 フジモリ 「さて今回取り上げるのは、Gシリーズ第4話「εに誓って」だ」 御影 「あれ?Gシリーズ書評はウチと舞奈が担当なんちゃうの?なんでフジモリがおるん?」 フジモリ 「最近の二人の書評は漫才ばっかりで内容に深く突っ込んでないから、抜本改革としてフジモリ−御影体制に戻しました」 御影 「いや、ウチとフジモリ体制でも漫才で終わる気ぃすんねんけど」 フジモリ 「終わらせるなよ!たまには真面目に書評しようよ!」 御影 「せやけど、真面目に書評するのが目的やったら舞奈にきちんと喋らせたほうがええんちゃうん?このまま舞奈を引っ込めたら、書評を引っ掻き回すトリックスターっちゅうキャラづけになってまうで」 フジモリ 「うん。本来フジモリの書評はボケやツッコミの役割分担を曖昧にしてキャラ(性格)の固定を回避してるんだけど、Gシリーズ書評に限っては変えようと思ってたんだ」 御影 「?」 フジモリ 「Gシリーズは、S&MシリーズやVシリーズからさらにキャラクタに特化したシリーズだと思っている。シンプルな(それでいて骨太な)トリックやストーリィを、より「キャラクタめいた」キャラクタが進めているというのがコンセプトなんじゃないかと思い、書評自体もキャラクタ重視で進めていったわけだ」 御影 「んーで、その結果がウチと舞奈のほのぼのトークになった、ちゅうわけやね」 フジモリ 「全然ほのぼのしてないよ!脱線しすぎなんだって!山吹がツンデレとか海月が電波系とかミステリィの書評ですらないよ!」 御影 「まあまあ。新解釈っちゅうことで」 フジモリ 「斬新過ぎるって!…というわけで今回は普通の書評っぽくすすめていきたい。まあ、S&Mシリーズにしても、Vシリーズにしても、はたまた今回のGシリーズにしても、4作目は変化球なわけだし、書評自体も変化をつけるという意味ではいいかもね」 御影 「直球(まともな書評)なのに変化球っておもろいな」 フジモリ 「舞奈と御影で最初から変化球を投げてるからなんだろうが!」 御影 「せやけど、今作Gシリーズ第4話「εに誓って」も変化球なん?」 フジモリ 「そのとおり。それもアウトコースぎりぎりを着く変化球だ。じゃあ、まずあらすじからいこうか」 御影 「はいな。 山吹早月と加部谷恵美が乗車していた東京発中部国際空港行きの高速バスがジャックされた。犯人グループは、都市部に爆弾を仕掛けたという声明を出していた。乗客名簿には「εに誓って」という名前の謎の団体客が。 「φは壊れたね」から続く不可思議な事件の連鎖を解く鍵を西之園萌絵らは見出すことができるのか? ちゅう話や」 フジモリ 「ちなみに、今回もネタバレ全開で行きますので未読の方は覚悟の上お進みください」 御影 「いきなりやけど、今回のトリックは斬新やったね」 フジモリ 「まあ、仕掛け自体は単純だ。先発した「εに誓って」バス(これをAバスと呼ぶことにします)と、後発のバスジャックが乗った囮のバス(これをBバスと呼ぶことにします)、この2台が1台のバスかのように読者、および萌絵たちに錯覚させたわけだ」 御影 「叙述トリックによる「場所の錯誤」っちゅうんは、先例もあるし、まあ、斬新いぅほどのもんでもないけど、叙述トリックが騙す対象が「読者のみ」なんに対し、今作「εに誓って」では萌絵たち登場人物も騙しとった、ちゅうところやね」 フジモリ 「そのとおり。アイヨシが伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」の書評(ネタバレ注意)で叙述トリックについて語っていたけど、叙述トリックが騙す相手は基本的に「読者」だ。叙述トリックは「Aという事実を、読者にBと思わせること」を目的とする。そのために、読者にAを連想させることを書かず(隠蔽)、Bと思わせるよう紛らわしい表記をする(誤誘導)。「εに誓って」で言うと、加部谷と山吹、そして柴田久美が「Aバス」に乗っているかのように錯覚させるために叙述トリックを用いている。 緑のダフルコートの少女が、エスカレータを上がってくるのが見えた。(p22) 加部谷と山吹、そして柴田久美が同じバスに乗っていることは前段で断定されているため、この文面でBバスにいる柴田久美とAバスにいる矢野繁良が同じバスに乗っているように読者は錯覚してしまうわけだ。そしてAバスにいる榛沢道雄と倉持晴香は事実(ヘッドフォンの音)として矢野繁良の存在を知ることで(もちろん、露骨に書いて不自然にならないようにしているけど)、その後のつながりが出来てしまう。さらに、「εに誓って」の団体リストに矢野繁良と柴田久美の名前を載せることで読者の頭にあたかも二人が同じバスに乗り込んでいるかのように誤誘導する。繋がりの描写を具体的に書くと以下のようになるね。 加部谷・山吹−(1)−柴田久美−(2)−矢野繁良−(3)−榛沢道雄・倉持晴香 (1) 彼女の背後、一番後ろのシートに若い男女のカップルがいた。(p32) (2) 矢野繁良は、後ろから三番目の左側のシートだった。斜め後ろに、緑のダフルコートの少女が座っている。(p33) (3) ヘッドフォンを外している。耳が痛くなったからだ。そして、すぐ前のシートに座っているカップルが気になった。(p149) この(2)という繋がりが事実だと思わせるために、(1)や(3)もあえて曖昧に書き、AバスとBバスが同一であるかのように誤認させる。読者は、最後にAバスが炎上したシーンを読んで、Bバスにいる加部谷や山吹がAバスに乗ったと勘違いしてショックを受け、そのあとの種明かしを聞いて「なぁんだぁ」となるわけだ」 御影 「ふむふむ」 フジモリ 「で、今作「εに誓って」ではその叙述トリックをちょっと捻ってきた。騙す対象を「読者」だけでなく、「登場人物」まで広げた点だ」 御影 「萌絵たちもAバス、Bバスが1台とは気づかへんかったもんね」 フジモリ 「叙述トリックで読者を誤誘導した「場所の錯誤」を登場人物にも用い、登場人物たちも「場所の錯誤」をした。物理トリックと叙述トリックを融合させたわけだ」 御影 「なるほど」 フジモリ 「話は変わるけど、初版の85ページに 山吹は携帯電話を赤柳に渡し、靴を脱いで奥へ入っていった。 という記載ミスがある。海月の家の場面でいるはずのない山吹がいてしまうわけだから、これはNGだよね。場所の錯誤の叙述トリックなのでなおさらだ」 御影 「そう考えると、叙述トリックに誤字なんて紛らわしいなぁ」 フジモリ 「確かに。叙述トリックでは記載ミスは許されないね(というかミステリィでは基本的に誤植は混乱のもとになるから許されないんだけどね)。でもまあ、今回の誤植はバス以外の場所で発生したのでご愛嬌としよう。「εに誓って」は叙述トリックの新たなパターンを読者に提示したんじゃないかな」 御影 「そやなぁ。他の叙述トリック作品やったら、登場人物には周知のことやけど読者はそれを知らないため騙される、ちゅうパターンやけど、「εに誓って」は読者も登場人物もフラットに騙されとぉもんなぁ」 フジモリ 「叙述トリックによって騙された読者は、ちりばめられていた伏線を再読しながら回収し、物語をじっくり反芻することが出来る。衝撃が大きければ大きいほど反芻の楽しみは格別だ。しかしながら、その作品が叙述トリックだということを知るだけでネタバレになってしまう。事前に叙述トリックだと知っていれば、作者が「何を隠そうとしているのか」に気をつけながら読み進め、真実が明かされる前に真相に気づいてしまうからだ」 御影 「そういう意味でいぅたら、あらすじすらネタバレになる可能性があんねんなぁ。「殺人事件」いうたら真相は自殺や事故死ではない、いぅんがわかってまうし、逆に「この不可解な事件の真相は?」みたいに殺人事件っぽいのに殺人書かれてへんかったら「これ、殺人ちゃうんちゃう?」いう懐疑を起こすもんなぁ」 フジモリ 「そのとおり。そして読者は一度引っかかったトリックに対しては敏感になるんで、あらゆる可能性を考えながら読み進める。同じ作品でも、多くの同系作品を読んだ人と初めて読む人では評価が異なってくるのはここに起因するんじゃないかな」 御影 「そういう意味では、叙述トリックと物理トリックの融合っちゅうんは珍しいなぁ」 フジモリ 「まあ、フジモリが同系作品を読んでいないだけかもしれないけどね」 御影 「んーで、トリックについてはわかったけど、ストーリィはどやったん?」 フジモリ 「4話目だけあって他のシリーズと同じく、大きな進展は見られなかったね。「Greek=ギリシャ語」が何らかの鍵を握るかもしれないし、握らないかもしれないということがわかった程度だ」 御影 「どっちやねん!」 フジモリ 「ギリシャ語自体に意味は無い。εという言葉が何かを示しているわけではない(と思う)。しかし、その実体の無い「ε」に意志が集まり、ひとつのコミュニティを形成してしまうということでは、ギリシャ語に意味が生まれてしまうといっても良い。それはこれまで出ていたφ、θ、τも一緒だね」 御影 「ふうむう」 フジモリ 「そして、今回の「εに誓って」に書かれていることは興味深い。集団自殺団体「εに誓って」だけど、このAバスに乗っている人々はそれぞれ死を決意している。フジモリ自身の考えとしては「死による救済は存在しない」と思っているけど、登場人物たちは死を決意するほどの何かを抱えていたようには思えない。せいぜい「薄ぼんやりとした不安」ぐらいだ。しかし、「ネット」という不特定多数の匿名の人々が触れ合う場でそれらの意思が重なり、死へと向かう「意志」を形成してしまう。そして、今回の「εに誓って」バスツアーが生み出される」 御影 「なんや社会派やね」 フジモリ 「不特定多数が集まり一つの意思となる。魔女狩りを例として挙げるまでもなく、それは一つの「恐怖」となる」 御影 「せやけど、最後、榛沢道雄と倉持晴香は「生」を選んだやんね」 フジモリ 「前作「τになるまで待って」の中で、超能力者・神居静哉はこう言っている。 「(略)超能力と呼ばれるものの多くは、一人の人間が持っているものではありません。二人以上の、複数の人間の間に現れる現象なのです」(p83) 「死」を決意する意志も、「生」を選ぶ意志も、どちらも人と人との関係によって生まれる表裏一体のものだ。そんなことを考えたよ」 御影 「そやなぁ。…そぉいや、S&MシリーズとVシリーズとでは各話に共通点があったけど、Gシリーズともあるんかなぁ?」 フジモリ 「あると思うよ。まだ完結していないんで断言は出来ないけど、少なくとも4話までは共通点がある。S&Mシリーズ、Vシリーズ未読の方もいるかもしれないので色を消すけど、 1話目:閉ざされた密室。犯人はどうやって密室から脱出したか? 2話目:不可解な連続殺人。しかし犯人はすべての被害者を殺していない。また、犯人をかばうための「自殺」がある。 3話目:奇怪な館での事件。館にカラクリのような仕掛けあり。 4話目:シリーズの中の小休止にあたる回。叙述トリックによって読者は錯誤する。 今のところこんな感じだ」 御影 「ん?以前「赤緑黒白」で書評した共通点とちゃうねんけど」 フジモリ 「点が二つだと線になる。点が三つだと面になる。比較が多ければ多いほど、共通点がかえって浮き上がってくるものだ。もちろん、今後の展開として共通点が無い回が出てくる可能性もあるし、あくまでフジモリの推測だけどね」 御影 「フジモリの予想が当たらんか外れるかも含め、次巻が待ちどぉしいなぁ」 フジモリ 「どっちも外れじゃねぇかよ!」 御影 「…と、昔風に段落分けせずオトしてみました」 フジモリ 「色反転して解説するなよ」 御影 「いや、今回はオチも変化球、ちゅうことで。これぞ消える魔球!」 フジモリ 「字を消してどうすんだよ!」 |