| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Onehundred-eighth bookshelf(ネタバレ感想) 秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏(4)』 |
伊里野はその雲間に進路を向けて、大空に翼を広げて、まっすぐに、まっすぐに飛び続ける。伊里野が空に帰っていく。 御影 「夏も、終わりやなぁ」 フジモリ 「ああ、姑獲鳥の、夏だ・・・」 御影 「いやそれちゃうし。別の小説やし」 フジモリ 「というわけで長い夏も終わりを迎えようとしている。「イリヤの空、UFOの夏」最終巻だ」 御影 「前巻、「イリヤの空、UFOの夏(3)」で浅羽とイリヤは逃避行すんねんけど、今回はその顛末、結末が描かれてんねんな」 フジモリ 「そういうこと。では、まずはあらすじからいこうか」 御影 「そやね。ほないくで。 「夏休みふたたび・前後編」 「最後の道」 伊里野と一緒に逃げ出した浅羽。二人の前にはかすかな幸せとその幸せを圧倒する様々な困難が待ち受けていた。次第に破壊されていく伊里野を連れ、疲弊した浅羽が最後にたどり着いた場所は・・・。 「南の島」 榎本によって明かされる様々な謎。伊里野は浅羽の目の前から姿を消し、そしてその代償のように平穏な日々が戻ってきたかに見えた。だが・・・。 ちゅう話や」 フジモリ 「まずは逃避行の続き、「夏休みふたたび」だ。浅羽とイリヤは無人の校舎で暮らし始める。放浪者「吉野」と猫「校長」との出会い。ひとときの平和。しかしそれは、その後待ち受ける悲劇の前触れでしかなかった」 御影 「前巻で平和な日々から急転直下した展開。んーで、また平和な日常に戻しといて落とす。ほんま、憎らしいほど読者の感情を揺さぶり、「絶望」を与えるわぁ」 フジモリ 「前巻で「読者を幸せな気分にしといて落とす」手法を御影が「富士鷹メソッド」と言ったけど、今回でも使われてるね。この「夏休みふたたび」でイリヤと浅羽を物理的に苦しめた後、「最後の道」で精神的に追い詰める。そして、最終話「南の島」で二人の関係を追い詰め、苦しめる。ほんと、作者秋山瑞人は「絶望」を書くのが巧いね」 御影 「不幸のジェットコースターやもんなぁ」 フジモリ 「絶望の描き方には2種類ある。「人の悪意による絶望」と「天の悪意による絶望」だ。「人の悪意による絶望」、これはわかるよね。悪意を持った人、あるいは人の持つ悪意が登場人物を追い込み、不幸な事象を与え、読者に絶望を与える。伊坂幸太郎なんかはこの「悪意」「悪」の書き方が巧いよね。で、一方の「天の悪意による絶望」。これは、「悪意を持った人」は存在しない。登場人物は自身の立場や感情から「不幸な事象」の引き金となる行動を「せざるを得ない状態」に追い込まれるわけだ。それぞれは悪意なくして「するべくした行動」をとるのだけど、結果的に不幸な結末になってしまう。京極夏彦「嗤う伊右衛門」が代表的だよね。悪意を持った人もいるけども、その悪意も「するべくして」悪意ある行動をとっている。逆にいうと、悪意ある行動が「避けられない」状態だ。これは「天の悪意」とも呼べる事象、糾弾すべき「悪」が存在しないんだ。その「天の悪意」によって起きるべくして起きた不幸な結末に読者は絶望する。糾弾すべき「悪」がいないぶん、その絶望はいっそう深まるんだ」 御影 「そやなぁ。イリヤを犯した吉野、イリヤを壊した浅羽、イリヤを捕らえた榎本、それぞれの行動自体は「悪」かもしれへんけど、これは「起きるべくして起きた」もんや。それゆえに、読者は無力感とともに絶望をあじわうんやなぁ」 フジモリ 「フジモリは物語の三大要素として「キャラクタ」「ストーリィ」「世界」を挙げているけど、この「イリヤの空、UFOの夏」は「キャラクタ」を積分して「ストーリィ」が紡がれている。綺麗な計算式を解いたかのようなそのストーリィテリングがこの作品の評価を高める要因の一つであることは事実だと思うよ」 御影 「んーで、吉野に犯されたイリヤと逃避行に耐えられなくなった浅羽はイリヤに冷たい一言を投げかけんねん。その一言でイリヤは「壊れて」しまうんや」 フジモリ 「壊れたイリヤを連れて逃避行は続く。紆余曲折のち、最終目的地、田舎のおばあちゃんの家にたどり着く二人。そこにいたのは、榎本だった」 御影 「イリヤは連れ去られてしまうんやな。で、榎本からイリヤは最終兵器やと知らされるわけや」 フジモリ 「最終兵器って言うと違う作品になるからやめい。浅羽は榎本から最終決戦が3日後にあることを教えてもらう。イリヤのもとに向かう浅羽。そして、浅羽は彼女に再会する・・・」 御影 「ここでイリヤが着ている衣装、めっちゃ衝撃的やった」 フジモリ 「これも「天の悪意」に近い。兵士一人一人はイリヤに希望と託そうとしているだけなのに、結果として読者に恐怖と絶望を与えている。このシーンは「イリヤの空、UFOの夏」を通じて三本の指に入る名シーンだ」 御影 「浅羽は前巻と同じく、「世界」と「イリヤ」を天秤にかけ、再びイリヤを解き放とうとするんや。せやけど、イリヤがそれを止める。 「わたしも他の人なんか知らない。 みんな死んじゃっても知らない。 わたしも浅羽だけ守る。 わたしも、浅羽のためだけに戦って、浅羽のためだけに死ぬ」(p300) イリヤは浅羽を守る為、世界の敵と戦う覚悟をし、出撃すんねん」 フジモリ 「浅羽をさらに衝撃の事実が襲う。イリヤに「浅羽」を「世界」と同一視させ、「浅羽を守ること=世界を救うこと」として世界の敵と戦うことの動機付けをさせる。これは、「子犬作戦」という軍の作戦であった」 御影 「「個人」と「セカイ」の同一視っちゅうのは前巻の書評で話しとった「セカイ系」につながっとって、浅羽は「世界(正確には、イリヤが戦うことで守られる世界の平和)」と「イリヤ(個人)」を天秤にかけ、イリヤを選んでんな」 フジモリ 「そう。しかし「個人」というイリヤを守り背負う「責任」の重さに耐えられなくなった浅羽は自らそれを放棄したんだ。浅羽を責めるわけにはいかない。彼は中学生だ。人一人の人生を背負うにはまだ、彼の背中は小さすぎた」 御影 「一方、「イリヤ」は「浅羽」を選んでんけど、浅羽を選ぶこと、守ることはすなわち「世界を守ること」やってん。イリヤには浅羽を守れる力がある。世界を守れる力がある」 フジモリ 「そこまでだったら通常の「セカイ系」の物語だが、この作品ではさらに捻りを加え、「個人とセカイを同一視させること」を本来すっ飛ばされる「中間階層」が仕組んでいる。この構成は見事だね」 御影 「大人はずるいなぁ」 フジモリ 「浅羽とともに榎本に憤るか、榎本の気持ちを理解するか。どちらの感情を理解するかで、読者が「どちら側なのか」を試しているのかもしれないね」 御影 「身も蓋もない言い方すれば、子供側と大人側のどっちや、いぅことやな」 フジモリ 「大人側に立った人は、子供側に立っている人を「理解」はできるけど、決してその立場に戻ることはできない。そして、浅羽の夏が終わる。UFOの、夏が終わる。読者に、苦みと痛みを残す結末だよね」 御影 「そやなぁ。夏の終わりは単に季節の移り変わりを示すだけちゃう。一年が過ぎ去り、一年歳をとるっちゅうことや。後戻りできない大人への階段を登ってんねんね」 フジモリ 「そこで後ろを振り返ったときに起こる気持ちが「ノスタルジィ」なんだろう。決して戻ることのできない道。それを惜しみ、戻れないことの絶望と虚無感、そして若かった自分への俯瞰」 御影 「最後にイリヤは旅立っていくんやんなぁ」 フジモリ 「結末はぼかされているけど、多分イリヤは死んだだろう」 御影 「それやったら、アンハッピーエンドの結末やなぁ」 フジモリ 「ハッピーエンド、アンハッピーエンドの定義は人それぞれだが、フジモリはハッピーエンドだと思うよ。作者は、この物語を「難病ものの変形」と言っていた。構成的には「世界の中心で、愛をさけぶ」と同じなんだ」 御影 「確かに。そうなると、ヒロインの死は避けられへんもんなぁ」 フジモリ 「以前フジモリは「オペラ・ギャラリー50」の書評のなかで、オペラにおけるハッピーエンド、アンハッピーエンドの話をした。主人公やヒロインが死んでも、彼らが幸せな気持ちで死んだなら物語としては「ハッピーエンド」なんだ。その定義を当てはめれば、イリヤは幸せな気持ちで死地に旅立ったんだ。「ハッピーエンド」と言ってもおかしくはないと思う」 御影 「そやなぁ。読者がハッピーな気持ちになるかはともかくとして、物語としてはハッピーエンドなのかもなぁ」 フジモリ 「読後感は決して晴れ晴れしたものではないだろう。しかし、これだけは事実だ。浅羽はイリヤを好きだった。イリヤも浅羽を好きだった。たとえ、死が二人を分かつとしても。この作品を構成する三つの要素、「ラブコメ」「ノスタルジィ」「ハードSF」。前半では浅羽とイリヤをはじめとするラブコメと、新聞部の活動、文化祭などのイベントがかもし出すノスタルジィを据え、中盤から後半にかけてハードSFとして、重い展開で進んでいく。そして最後の別れで読者は再びノスタルジィを感じる。三つの要素の奇跡的な融合だ。完成度が高いし、テーマも重い。読者の心に残る、傑作だと思う。これが、シリーズ通しての感想かな?」 御影 「これで「イリヤの空、UFOの夏」も完結。夏の終わり。あぁ、なんや寂しゅうなるなぁ」 フジモリ 「夏の終わりと言うのはそれだけで寂しくなるね」 御影 「そやなぁ。つくつくぼーしをとっつかまえて、夏の終わりを食い止めたくなるわぁ」 フジモリ 「どの季節にも楽しい思い出があるのに、なんで夏だけ特別なんだろうねぇ」 御影 「そやなぁ。夏の思い出。真っ黒になるまで泳いだプール、ラジオ体操、キャンプ、最終日まで手をつけてない夏休みの宿題・・・」 フジモリ 「手ぇ抜き過ぎだって!いくら楽しい夏休みだからって最終日まで宿題を残すなよ!」 御影 「アルバイトで友人の代わりに書いた読書感想文、一ヶ月の天気をまとめて書き上げた自由研究、「すみません、家に忘れました」と言って提出を一日先延ばしにした計算ドリル・・・」 フジモリ 「それ実話が混じってるって!ばらしちゃダメーっ!」 御影 「なにもかも、みな懐かしい・・・」 フジモリ 「うまいこと締めてうやむやにするなぁっ!!」 |