フジモリの脳内ラビリンス

〜a labyrinth in fujimori's brain〜

Onehundred-fifth bookshelf
権八成樹『花を売らない花売り娘の物語』




人は花が欲しくて花を買いに来るわけではないのです。


フジモリ 「今回読んだのは権八成樹「花を売らない花売り娘の物語」です」

御影 「お、ついにウチらの書評もR−18?やらしいわぁ」

フジモリ 「「花売り娘」の語感だけで判断するなよ!」

御影 「え〜。なんで「花売り娘」がR−18なん〜?」

フジモリ 「自分で振っといてカマトトぶるなって!この本はちゃんとした本、ビジネス書なんだから」

御影 「そぉなんや。せやけど、ウチらの書評でいわゆる「実用書」を取り上げるのは珍しいなぁ」

フジモリ 「まあ、面白ければなんでも取り上げるのがモットーだから。今回は実用書なんであらすじは省略して進めていきます」

御影 「はいな」

フジモリ 「この本、「ハイタッチ・マーケティング論」と副題にあるとおり、マーケティングについてかかれた本なんだ。著者の権八成樹はIBM退社後、コンサルティング業をしており、通常の会社はもとより、看護士、ジャーナリスト、ミュージシャンなどさまざまな人々に「コーチング」を行なっている。著者がこれまでのコンサルタント経験をふまえ、「切れば血が出る」マーケティング論を展開していく、というわけだ」

御影 「ほほぉ」

フジモリ 「本題に入る前に、まずマーケット(市場)の移り変わりについて説明がしようか。戦後の高度成長期、「モノ(=商品)」は何もしなくても売れていた。種類も少なかったため、消費者に選択の余地がなかったわけだ。これが第一段階ね」

御影 「そやなぁ。例えば「服」にしても、昔は選択の余地が無かったわけやし、あるもんを買う、ちゅう感じやろなぁ」

フジモリ 「その後、種類も多様化し、「マーケティング」という概念が発生。「モノ」自体の種類も増え、競合も増えた。「モノ」を「売り込む」必要性があったわけだ」

御影 「確かに。価格が安くなっていくにつれて消費者の「選択肢」も増えたんやね。ズボンを例にとると、ジーンズやとかスラックスやとか綿パンやとか、いろんな「モノ」を買えるようになった、ちゅうことやな」

フジモリ 「そうそう。で、この「モノ」はどの層に向けて売りこむ、だとか、逆に売上が少ない層に向けて「どういうストーリィで売り込むか」というのがマーケティングの中心となったわけだ。これが第二段階」

御影 「ふむふむ。それは、「若者はジーンズを買うんで若者向け雑誌に広告を載せよう」やとか、「年配者にもジーンズを買わせたいので『シニアのジーンズ着こなし』を特集として雑誌に発信させよう」やとかいぅ流れのことやね」

フジモリ 「飲み込みがいいね、その通りだ。で、第3段階。さらに消費者の選択肢も増え、「20代、女性、OL」などの「層」ではなく、「あなた(=個人)」に対する「モノ」を製造、販売するようになった、というのが現在だ」

御影 「えーっとそれは、「オーダーメイド」ってこと?」

フジモリ 「ちょっと違う。オーダーメイドは昔からあるけど、それは「サイズ」に特化した形だ。色だとかデザインだとか、消費者が「自分の好きなもの」を選べるようになった、というわけ」

御影 「ユニクロのフリースみたいなもんやな。「ウチ、どどめ色が好き!」ちゅう場合、どどめ色の服を選べるようになった、とかいう、細かいニーズに応えるようになった(応えざるをえなくなった)状況なんやね」

フジモリ 「どどめ色はスルーするとして、まあ、だいたい合ってるよ。それが「モノ」の売り方の移り変わり。で、もう一つ大事な流れがあって、「モノ」から「コト」への移り変わり、これも大事なポイントだ」

御影 「「モノ」から「コト」?」

フジモリ 「洗濯を例に取ってみよう。昔は家庭で洗濯板で洗濯していた。必要なのは「洗濯板」や「石鹸」などの「モノ」だよね。商売は「洗濯板」「石鹸」といった「モノ」を対象とするわけだ。で、この「洗濯をする」という行為(=コト)を「洗濯機」が代理にやってくれるようになった。この場合、販売されるのは「洗濯機」という「モノ」だけど、「洗濯」という「行為(=コト)」の代用なわけだ」

御影 「ふむふむ」

フジモリ 「で、最終的には「クリーニング」や「ホームヘルパー」など「洗濯」という行為そのものを代理でやる商売に行き着く。これは「本人が洗濯を行なう」という「行為(=コト)」を「業者が洗濯を行なう」という「行為(=コト)」で代用している。販売しているのは「コト」なわけだ」

御影 「いわゆるサービス業やね」

フジモリ 「そういうこと。今言ったのは生活に密着した例だったけど、ビジネスの世界で言ったらBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)という商売がある。企業の「自社開発」や「システム運用」などの「行為(=コト)」を他社が代行することで商売になっているわけだ」

御影 「「モノ(=具体的な物質)」商売から「コト(=実在しないもの)」商売に移り変わった、ちゅうこと?」

フジモリ 「正確に言えば、今までは「モノ」商売だけだったのが「コト」商売までレンジが広がった、ということかな?まあ、ダイジェストで説明してるんで若干差異があるかもしれないが」

御影 「なるほどなぁ」

フジモリ 「で、本題につながるわけだ。・・・御影、花屋では何を売ってると思う?」

御影 「ん?えーっとぉ」

フジモリ 「ボケなくていいよ」

御影 「ちっ。・・・そやなぁ。花屋で売っとぉ言ぅたら、もちろん「花」っちゅう「モノ」やろな」

フジモリ 「うん。普通考えるとそうだろう。でも、著者は「花を売ることが花屋の仕事ではない」と言うんだ」

御影 「えぇ!?どぉいぅことなん?」

フジモリ 「そうだね。・・・御影は、どんなときに花屋に行く?」

御影 「そやなぁ。お見舞いやとか、差し入れやとか、なんか人に花をプレゼントしたいときに行くわなぁ」

フジモリ 「なんで「花を」プレゼントするの?」

御影 「そりゃまあ、お見舞いやったら「早く良くなるように」とか「病室に彩りをそえるため」とか。差し入れやったら「おつかれさ〜ん」ちゅう気持ちを花に込めるいぅ意味で花を贈るわなぁ」

フジモリ 「それだ!」

御影 「えっ!?何っ?なんなん?」

フジモリ 「「花」を贈る人は「花」そのものを贈るのではなく、「早く良くなってほしい」とか「ご盛会おめでとうございます」とか「コンサートお疲れ様でした」とか「あなたが好きです」という「気持ち」を「花」に込めるわけだ。これはプレゼントだけに言えることではなく、部屋に花を飾りたいときも「もっと部屋を明るくしよう」などという「気持ち」、「想い」があるはずだ」

御影 「確かに」

フジモリ 「つまり、花屋に来る人は「想い」の具象化として「花」を買うんだ。「花」自体は「モノ(=具体化した物質)」だけど、「想い」自体は「コト(=物質として存在しないもの)」。つまり、「花」という「モノ」を買っているわけではなく、実際には「想い」という「コト」の代理として「花(=モノ)」を買う、というわけだ」

御影 「なるほど」

フジモリ 「タイトルにもある「花を売らない花売り娘」というのはここに起因する。「花売り娘」は花を買う人が「何を求めているのか」「どういう想いを花に込めようとしているのか」を踏まえ「花」を売る。お見舞いに行く人だったら病室に合う彩りの花を勧め、花言葉を添え、「この花だったら相手も喜ぶだろう」という「想いの充足」を念頭におくわけだ。「花売り娘」は「モノ」売りではなく、「コト」売りなんだ」

御影 「なるほどなぁ。単に「花」っちゅう「モノ」を売るんやない、ちゅうことやな」

フジモリ 「これはすべての職業に言えると思う。消費者は何らかの想いがあって「モノ」を買う。売る側は、単に言われたものを売るのではなく、「なぜこの人はこの「モノ」が欲しいのだろう」ということを常に考える必要があるということだね」

御影 「そぉなんやぁ」

フジモリ 「コンサルタントの人からこんな話を聞いたことがある。「とある旅館で40年働いている従業員が二人いた。同じ業務をしているのに、接客のレベルはものすごい差があった。一人は「1年」を40回積み重ね、一人は「40年」を積み重ねていた。業務を「ルーチンワーク」として繰り返した者と、「経験」として積み重ねた者の違いだ」。違いは「気付き」に現れるそうだ。40年経験を積んだ従業員はお客さんの些細な仕草や行動に「気付き」、的確に行動する。これは、「サービス」を「モノ」と思っているか「コト」と思っているかの違いだと思うよ」

御影 「そやなぁ。サービス業でも、「なぜこのサービスをするのか?」「なぜお客さんはこのサービスを求めているのか?」を踏まえへんと、単なる「サービス」のパッケージ売りと変わらんもんなぁ」

フジモリ 「もう一つ聞いた話。とあるファストフード店で、部活帰りなのか女子高生が「ハンバーガー30個、ポテト30個」を注文した。店員は「こちらでお召し上がりですか?」と聞いたそうだよ」

御影 「・・・笑えん話やな」

フジモリ 「マニュアルに記載されていたからしょうがないかもしれないけど、「サービス」を「モノ」ととらえるか「コト」ととらえるかで、マニュアルに記載されている意味とマニュアルを破る必要性があることに「気付ける」と思うんだよね」

御影 「う〜ん、って、唸ってばっかやなぁ。でも確かにその通りやねんもんなぁ」

フジモリ 「今、働いている人に読んで欲しい本だ。「モノ」を売ると思うと、やれノルマだとか売上だとかといった「数字」でしか判断できなくなるし、お客を「10代、男性、学生」などの「層」で見てしまう。しかし、お客も一人の「人間」、「切れば血が出る」んだ。「one to oneマーケティング」という言葉が盛んに言われているけど、その本質を突いていないと、対象が「一人」ではなく「一つ」になってしまう。「モノ」を欲する想い=「コト」を売る。そう考えると、日々の単純労働だと思われた「モノ売り」が「コト売り」に変身し、「売ること」が楽しくなると思うよ」

御影 「なんやえらい真面目に話しとぉね」

フジモリ 「たまにはね。んーで、ここまでは「ビジネスパーソン」向けの感想なんだけど、もう一つ感じたことがあった」

御影 「何なん?」

フジモリ 「とある「モノ」(仮に「モノA」とします)を買うことが「目的」だとすれば、その「目的」には「想い」、理由がある。だとしたら、「目的」の「モノA」が無くても「想い」を満たせる「モノ」(「モノB」とします)があれば良いわけだ。「モノA」が無いときに「モノB」を売れる、これは「目的」と「想い」に「気付いて」いないとできないよね。そういう商売スタイルが今後求められていると思ったよ」

御影 「確かに。例えば本屋に行って欲しい本が無かった場合、

(1)その作者の本が読みたかった場合 → 同じ作者の本を買う
(2)同じジャンルの本が読みたかった場合 → 同系統の本を買う
(3)単に本が買いたかった場合 → なんでもいいから本を買う
(4)その「本」が書いたかった場合 → 別の店に行く

という行動パターンが考えられるわなぁ」

フジモリ 「代償行為ともいうね。本が無くても(1)(2)(3)の場合、うまく誘導すればお客さんの目的を満たし、本を買ってもらうことができるわけだ。そのために「ミステリーフェア!(ミステリーに誘導)」とか様々な山をつくったりしてるんだろうね。この場合、欲しい本があって買った場合(目的を達成できた場合)でも別の本を手にとってくれる可能性もあるしね」

御影 「むう、本屋のイベントってそぉいうことやったんやなぁ」

フジモリ 「まあ、それだけじゃないと思うけど。で、これはインターネットのサイト上でも言えるよね。読者が何を求めているのか、求めたものが無かった場合、どう誘導させるか。まあ、現在は読者を個人として知る術は無いんで「層」になっちゃうけど(mixiなんかは「個人」が見えるけどね)、満足度を上げる一つの考え方だと思う。人は「モノ」を求めるときには裏に「想い(=コト)」がある、当たり前のことだけど、忘れてしまうことだ。この本、「花を売らない花売り娘の物語」は、そんな当たり前だけど忘れてしまう真実を、実例を交え丁寧に説明している。ハイテク hightech に対しハイタッチ hightouch とは心のふれあいのことだ。ビジネスパーソンだけではなく、読む人全てに「気付き」を与える本、それが今回の感想かな?」




御影 「「モノ」ではなく「コト」、「求めるもの」がなくても「想い」を知れば同等のものが提示できる、かぁ。今回は目から鱗やわぁ」

フジモリ 「まあ、たまにはスキルアップしないとね。とにかく、今回の本は良い勉強になった」

御影 「よし!ほな、今回の本をふまえて、ウチらのサイトも「読者」を誘導しよう!」

フジモリ 「ほう、どんな「読者」に「何を」提供するんだ?」

御影 「んーと、実在の地名「三軒茶屋」やと思ってきた人たちに、「三軒茶屋」タウン情報を提供すんねん」

フジモリ 「サイトの趣旨変わっちゃうって!」

御影 「ほな、「阪急御影」タウン情報を・・・」

フジモリ 「一緒だって!」

御影 「えー、三軒茶屋駅前には巨大な「BIGECHO」がありまして、近くにある居酒屋「JYU」がオススメですぅ。あと、ちょっとリッチに「旨味屋じゃり」なんかもええねぇ」

フジモリ 「ホントにタウン情報紹介してるよ!それ余計に間違った来訪者増やしちゃうから!」

御影 「目指せ!地域一番店!三軒茶屋をよろしく!」

フジモリ 「わけわかんねぇよ!」



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