| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Eighty-second bookshelf(ネタバレ感想) 西尾維新『クビシメロマンチスト』 |
「甘えるな」 御影 「今回取り上げる本は、西尾維新「戯言シリーズ」2作目、「クビシメロマンチスト」です」 フジモリ 「BGMはビョークでお願いします」 御影 「なにお願いしとんねん!ちゅうか、なんでBGMやねん!」 フジモリ 「いや、ダウナーな雰囲気を高めようと思って(註:実際にビョークを聞きながらこの書評を書いています)」 御影 「ダウナーなんや?」 フジモリ 「うむ。まあ、まずあらすじからいこうか」 御影 「はいな。 鴉の濡れ羽島で起こった密室殺人事件から2週間。 「ぼく」こと“戯言遣い・いーちゃん”は、クラスメイト・葵井巫女子とその仲間たちと出会う。 そしてまた、「ぼく」は古都を震撼させる連続殺人鬼“人間失格・零崎人識(ぜろざきひとしき)”と出会う。 二つの出会い。そして、一つの世界が崩れ去っていく――。 んー。なんや、よおわからんな」 フジモリ 「確かに、あらすじにはしにくいわな」 御影 「せやけど、ごっつブルーな読後感やね」 フジモリ 「いきなりだね。まあ、ある意味西尾維新版「そして誰もいなくなったPart1」だ」 御影 「なんやねん「Part1」って!」 フジモリ 「いや、今後2,3とあるし」 御影 「あるんかいっ!」 フジモリ 「まあ、それが西尾維新のある意味すごいところだ。今回も個性的なキャラクターがわんさか出てくるけど、惜しげもなく切り捨ててしまう。この容赦のなさは、ほかではめったに見られないね」 御影 「田中芳樹は?」 フジモリ 「ああ、「皆殺しの芳樹」ね。あの人の作風は「オペラ」風だ。オペラって、物語を盛り上げるために要所要所で登場人物を殺し、最後はハッピーエンドで終わる。西尾維新は、どちらかというと「ゲーム」風かな。しかも、「アドベンチャーゲームのバッドエンド」風」 御影 「わけわからんて」 フジモリ 「正しいルートがありながらも、主人公、「いーちゃん」はそれを選ばず、・・・というか、「何も選ばず」、登場人物は殺され、壊れ、そして「いーちゃん」以外の「世界」が崩壊していく。バッドエンドだよね」 御影 「ふうん。そういう意味かぁ。・・・そーいや、あんた、「クビキリサイクル」の書評で、「この小説はミステリィの手法をキャラクタ小説にぶちこんどる」、ゆぅとったやんな。キャラクタ小説ってなんなん?」 フジモリ 「うん。まあ、厳密な定義はないんだけど、大塚英志なんかは著書「キャラクター小説の作り方」で 1.自然主義的リアリズムによる小説ではなく、アニメやコミックのような全く別種の原理の上に成立している。 2.「作者としての私」は存在せず、「キャラクター」という生身ではないものの中に「私」が宿っている。 と定義している(p28)」 御影 「わかったよぉなわからんよぉな」 フジモリ 「うーん。つまり、「小説のイメージを実写ではなくアニメ・マンガ(2次元)として脳内にイメージしやすい小説」ってのが「キャラクター小説」なんじゃないかなと思うんだけど」 御影 「・・・それってなんかめっちゃ異論を受けそうなんやけど」 フジモリ 「あくまでフジモリの定義だけどね。つまり、人によって森博嗣の小説をキャラクタ小説と思う人もいるだろうし、「マリア様が見てる」を脳内で実写版でイメージすればキャラクタ小説ではない。まあ、アニメ調、マンガ調の挿絵が脳内のイメージを補填するし、あながち間違いじゃないと思うんだけどね」 御影 「うう。なんか今回いろいろすごいこと言っとぉ気がすんねんけど」 フジモリ 「気にするな。で、西尾維新だが、前作でも言ったけど、この人の手法はキャラクタ小説のそれだ。個性的な登場人物は、やや非現実的なところがあるし、口調、容姿、名前など、マンガやアニメ、ゲーム(特に美少女ゲーム)寄りだと思う。まあ、だからこそ、今までミステリィに触れたことのないライトノベル読者層を惹きつけているんだと思うけどね」 御影 「確かに、今回も強烈な個性のキャラクタぞろいやんなぁ。実際におったら避けて通ってまうぐらいや」 フジモリ 「思うに、今回の主題「世界の崩壊」を描くには、これぐらい「非現実的」なキャラクタを通してでないと、きつすぎる内容だったからってのはあるんじゃないかな」 御影 「確かに。江本智恵、葵井巫女子、宇佐美秋春、貴宮むいみの「仲良し4人組」が今まで築いていた「世界」が、「いーちゃん」が入ったことによってバランスが崩れ、そして崩壊していく様子は、仮にドラマとかで普通の登場人物が演じとったら、痛すぎて見てられへんくなりそうやもんなぁ」 フジモリ 「そうだね。今回の物語は二つのパートに分かれている。葵井巫女子たちのグループと出会い、彼女たちが一人一人死んでいくパートと、殺人鬼・零崎人識と出会い、彼と会話していくパート。しかし、本来異常であるはずの殺人鬼・零崎とのパートが「日常的(=普通)」で、本来普通であるはずのクラスメイト・葵井たちとのパートが「非日常的(=異常)」ってのは、倒錯的だよね」 御影 「そやねぇ。ほんま、ブルーな読後感やわ」 フジモリ 「「新青春エンタ」と謳っているだけあって、上遠野浩平作品にもあるような「現実への諦観」や「虚無感」、「非現実感」といった、中高生が一度は通る道がうまく表現されていると思うよ。まあ、上遠野作品と違い、それに対する「回答、解放」はない。そういう突き放したところ(まさしく「甘えるな」、だね)ってのが西尾維新っぽいけどね」 御影 「んーで、ミステリィ部分としてはどやったん?前作で「基礎体力がある」ゆぅとったけど」 フジモリ 「今作はおとなしめだね。どんでん返しも、「裏から表」ではなく、どちらかというと「事実の補足、延長」だったし。まあ、今回はどちらかというと「なぜ、今回の連続殺人が起こったのか?」「なぜ、彼女たちの世界が崩壊したのか?」というホワイダニットに重点がおかれていたからだと思うけど」 御影 「そぉいや、X/Yの謎は?」 フジモリ 「あ、あれは、この図の通り、鏡に映して、回転処理すると、4/20、巫女子の誕生日になる。この「鏡に映す」ってのは、いーちゃんがプロローグでも言ってたけど、一つ面を隔てただけなのに、遠く、矛盾をはらんだ「鏡に映った世界」を暗喩していると思うよ」 御影 「重いなぁ」 フジモリ 「今回はミステリィとしてではなく、青春デカダン小説として楽しめた。・・・楽しめた、というのは語弊があるか。まあ、意表を突かれた作品だった。前作とのギャップ、っていうのもあるし、ラブコメに見せかけて「世界の崩壊」を書いたところなんかも含めてね。ミステリィとして読むと肩透かしをくらうけど、キャラクタ小説として入った読者は楽しめたんじゃないかな。ある意味、好みの別れる作品だと思うね。それに、「次はどんな作品で来るか?」ってのを楽しめる小説だと思うよ。それが、今回の感想かな」 フジモリ 「・・・よしっ!」 御影 「なんやねん急に」 フジモリ 「フジモリたちも、読者にイメージを浮かべてもらいやすいように、キャラクタイメージを作ろう!」 御影 「おお、おもろいな」 フジモリ 「えーっと、眼鏡で、みつあみで、そばかすで、チャイナドレスを着ている・・・」 御影 「そりゃ李香蘭そのままやろがっ!」 フジモリ 「それがフジモリのイメージ」 御影 「お前かいっ!!」 |