フジモリの脳内ラビリンス

〜a labyrinth in fujimori's brain〜

Fifty-sixth bookshelf
京極夏彦『ルー=ガルー』




−−−−匂い。
草の匂い。樹液の匂い。水の匂い。土の匂い。そして−−−−。
自分の匂い。これが−−−−。


フジモリ 「今回は京極夏彦の長編、「ルー=ガルー」の感想をお送りします」

御影 
「久々の長編やな」

フジモリ 「まったく、早く「陰魔羅鬼の瑕」を・・・げふんげふん。それはおいといて、今回一風変わった作品だ。まずは粗筋を」

御影 
「えーっと、

 21世紀半ばの日本。清潔で無機的な都市。仮想の世界の中で一日のほとんどをすごす人々。
 この均一化した世界で、少女を狙った連続殺人事件が発生した。
 事件に巻き込まれた葉月たち四人は、リアルな“死”を感じ、今までの生に疑問を持つ。
 四人は、自分を捜すために事件の中枢へと飛び込んでいく・・・。

 ゆぅ話や」

フジモリ 「「ルー=ガルー」っていうのは、「忌避すべき狼」という意味。この世界で忘れ去られた存在、「狼」と、その存在を忘れた「人」、そして「人」から「狼」に変身するのが「ルー=ガルー」。この小説のテーマを表わすタイトルだね」

御影 
「ひらたくいえば狼男やな」

フジモリ 「まあ、そうだね。男じゃないけど」

御影 
「んーで、この「ルー=ガルー」も月見うどんや丸い木の切り株を見て変身するんやね」

フジモリ 「「怪物くん」じゃないっての!」

御影 
「せやけど、狼男の特技って料理だけ、ゆぅんもなんかなぁ・・・」

フジモリ 「だから、「怪物くん」の話じゃないっての!「ルー=ガルー」の話に戻すぞ!」

御影 
「なんや。つれないなぁ。・・・そういや、この小説、これまでの「戦後」や「江戸時代」を舞台にしとぉ京極夏彦にしては珍しい作品やな」

フジモリ 「うん。そうだね。京極ものでは珍しく、近未来が舞台となっている。しかも、武侠小説ときたもんだ。文体なんかは京極夏彦らしさがでてるけど、それ以外は今までの京極作品とまったく別物だと思っていい」

御影 
「そぉいや、アニメージュで近未来の設定を募集したんやんな」

フジモリ 「うん。おかげで、非常に面白い舞台設定にしあがった。「新聞やテレビの占いは脅迫罪にあたるため、廃止された」とか、面白いよね」

御影 
「舞台は近未来で、バーチャルな世界に依存しとぉな」

フジモリ 「その点としては、森博嗣の考えに近いよね。リアルをバーチャルが駆逐する世界。人々はモニターの外の世界をあまり知らない、という」

御影 
「SFやね」

フジモリ 「うーむ。その点についてはちょっと意見が異なるな。フジモリはこの作品を、Science Fictionではなく、Society Fictionだと思っている」

御影 
「ソサイエティ・フィクション?初耳やな」

フジモリ 「初耳もなにも、フジモリの造語だからね」

御影 
「またかいっ!」

フジモリ 「しかし、れっきとしたジャンルとして確立してもおかしくない言葉だと思うよ。本来のSF、科学的虚構ってのは科学的に「もし、タイムマシンができたら?」「もし、宇宙人が侵略してきたら?」などと考察し、舞台設定をする。一方のSF、Society Fiction(社会的虚構)は「もし、今の日本が帝国主義だったら?」とか、「もし、BR法が可決されたら?」などと社会的な「if」を想像し、舞台にする。こういう小説って、けっこうあるよね」

御影 
「社会的なifかぁ。柳川房彦の「蓬莱学園シリーズ」なんかそうやんな。「もし、太平洋の孤島に大規模な学園があったら?」ゆう舞台で、仮想国家みたいな物語が繰り広げられとぉ」

フジモリ 「田中芳樹の「銀河英雄伝説」だって、ある意味Society Fictionだよ。「もし銀河の端と端で、「優秀な帝国主義国家」と「愚鈍な民主主義国家」があったら?」という舞台設定だ。これらをふまえて、フジモリは「ルー=ガルー」を「Society Fiction」と呼んでるわけだ」

御影 
「同じSFでややこしいな」

フジモリ 「でも、適訳だろ?読んでて思ったのが、舞台は近未来なんだけど、ハード面での進化が感じられなかった。せいぜい通信速度の発達によるブロードバンドの進化ぐらいだ。そういったハード面での進化よりも、ソフト面、「無味無臭で完全無菌」な世界における人々の心の「進化」について語られている。いまでさえ、外で泥んこになって遊ぶ子供たちがいなくなってるんだから、バーチャルにどっぷりつかった人々が「けもののにおい」を知らなくったって当然なんだろうね」

御影 
「そういった近未来に、京極はんは「神埜歩未」といううちらの世界に近い主人公を投入しとるんやな」

フジモリ 「そうだね。「京極堂シリーズ」が戦後まもない社会に「京極堂」というフジモリたちが今住んでいる世界の住人に近い主人公を投入したのと全く対照的だ」

御影 
「そうやって、京極はんは「現代」を浮彫りにしとぉ、ゆぅんは考えすぎかな?」

フジモリ 「難しいところだね。そこまで深読みしなくてもいいかもしれないし、深読みすれば楽しさが増すことも否定しない」

御影 
「どっちやねん!」

フジモリ 「ま、深く考えなくても面白い小説だし、深く読んでも面白い小説だから」

御影 
「だからどっちやねん!」

フジモリ 「とにかく、今回読んだ「ルー=ガルー」では近未来という「虚構の社会」を舞台に、4人の少女が大暴れする。読み始めは舞台設定がくどく、ちょっと世界に入りこむのに時間がかかるけど、これはSFと同じ。その「世界」を理解した後は、その「世界」のルールに沿って登場人物たちが縦横無尽に動き回る。武侠小説だけあってミステリィ要素は少ないけど、逆に新鮮だね。レトロな京極作品を期待している人は肩透かしをくらうけど、読みものとして純粋に楽しめるよ。むしろ、「京極夏彦って漢字が多いし、厚いんでちょっと・・・」という人にこそ読んでほしい。厚いことは厚いけど、意外とすらすら読めるよ。(字がぎゅうぎゅうに詰まってないこともあるけど)ま、今まで言ってきたことをなにも考えずに読んでも楽しめる、エンタテイメント性のある小説だってことは言える」

御影 
「ほんま、あんたはなんでも分析、分類しようとするからなぁ」

フジモリ 「ほっとけ。主人公ら4人の少女も生き生きとして、読んでて胸がスカっとするよ。まあ、フジモリの読み方は違ったアプローチをしてるんで普通の読み方とは違うかもしれないけど、SF(Society Fiction)というジャンルで本を読んでみても面白いと思う。「ルー=ガルー」は優れたSF(Society Fiction)作品だ。これが、今回の感想かな」


御影 
「そさいえてぃ・ふぃくしょんかぁ・・・。考えてみれば、おもろいジャンルやな」

フジモリ 「そっちのSF作品もけっこうあるけど、本家SFと同じく、設定が浮かべば、あとは勝手に物語が進んでいく」という点で共通してるよね。御影も社会的虚構、「if」のアイデアがあるかい?それが浮かべば、小説が1冊書けるかもね」

御影 
「そうやなぁ・・・。よし、思いついた!」

フジモリ 「なになに?」

御影 
「もしも、魔法が使える世界だったら・・・」

フジモリ 「『のび太の魔界大冒険』かいっ!!」



TOPページにもどる