フジモリの脳内ラビリンス

〜a labyrinth in fujimori's brain〜

Fourty-fifth bookshelf
島田荘司『占星術殺人事件』



御影 「今回は名作中の名作やな。島田荘司の「占星術殺人事件」や。推理小説をかじったことのある人やったら一度は耳にしたことがある名前や思うし、推理小説ファンなら必ず読んだゆうても過言やない本や。ま、ミステリィ好きゆぅときながら今更感想をする(読んだ)んは、フジモリがエセミステリィファンやゆぅことやな」

フジモリ 「・・・・・・」

御影 「なんや、テンション低いな。ほな、いつもの通りあらすじから。

 昭和11年2月16日、目黒区大沢町の梅沢家で、当主の梅沢平吉が後頭部を殴打されて殺害された。殺害現場は全ての窓に鉄格子がはまっており、ただ一つの出入り口のドアは閂とカバン錠で内側から施錠されていた。事件後、平吉の遺書ともとれる手記がみつかった。その手記によると、平吉は同居している自分の娘達6人の身体の一部で最も占星術的に秀でた部分(頭部・胸部・腹部・腰部・大腿部・下腿部の6パーツ)を切断し、必要な各パーツを再結合し、最も完璧な女性(アゾート)を創ることを夢見ていた。そして必要なパーツを切り取った遺体は、それぞれの属する星座元素の採掘される全国各地へ遺棄しするというところまで詳細に記載されていた。そして、平吉の死後、彼の手記のとおり、弥彦山へ旅行に出かけた娘6名が行方不明になり、手記のとおり身体の一部を切断された無残な遺体となって発見された。嫌疑は平吉の妻・昌子にかけられ、彼女は無実を訴え続けながら獄死した。
 事件後、あらゆる推理がなされたが、謎は解き明かされていない。そして現在、昭和54年。
 40年以上もの間、日本中の推理マニアが解けなかった「謎」を、占星術師の御手洗潔は、あるキッカケで一週間で解決すると宣言してしまう・・・。

 ゆぅ話や」

フジモリ 「・・・・・・」

御影 「なんか反応しぃや。続けるで。この小説が高い評価を受けとぉのは、もちろん緻密なトリックや探偵・御手洗潔の強烈なキャラクタ性もあんねんけど、久方ぶりに出た「本格的」推理小説や、ゆぅ点や」

フジモリ 「・・・・・・そうだね」

御影 「テンション低いなぁ。どないしたんや?まあええわ。代わりにうちが語ったる。いわゆる「社会派」と呼ばれる推理小説が一大勢力になり(代表格は松本清張や)、推理小説(ミステリ)に「時代性」や「背景」が求められるようになったのが1980年代。そういった流れに反発するかのように現われたんが島田荘司や。「占星術殺人事件」(1981年発行)をひっさげ、アガサ・クリスティやエラリィ・クイーンなどの頃の推理小説のように「謎」そのものを楽しむ、まさしく「推理小説」を再び世に出したんや。その後、「十角館の殺人」の綾辻行人を始め、再び時代は「謎」そのものをメインにしたミステリィ、「新本格」時代へと向かうわけや。そやんな?」

フジモリ 「うん、ああ、そうだね」

御影 「はりあい無いなぁ。で、そのターニングポイントを産み出したとも言える重要な作品が今回読んだ「占星術殺人事件」や。主人公の探偵・御手洗潔とその友人・石岡和巳が登場するこのパターンは、その後「御手洗潔シリーズ」として人気を得るわけやが、今作のおもろいところは探偵役が「過去に起きた事件」を推理するところやな」

フジモリ 「伝聞なわけだね」

御影 「そうや。探偵・御手洗潔はとあるきっかけで過去に起きた事件を調査することになった。その事件とは、過去に誰も解けなかった「不可能犯罪」。前半は事件の説明をじっくりと行い、読者に謎を提示する。そして、後半で御手洗潔の鮮やかな推理ショウが始まるわけや」

フジモリ 「後半の後半ぐらいだけどね」

御影 「ああ、もぉ!話の腰折るな!・・・続けるで。その推理ショウで事件の全貌と驚天動地のトリックが明かされるわけや。この手法は古き良き推理小説の「復刻」であり、まさにミステリィ界の「ルネッサンス」と呼ぶのにふさわしい作品や。ま、どこの書評でも同じような評価やろうし、ミステリィ史についてはもっと詳しいページがあるやろうからほんま、今更ながら、ゆう感想やな。ミステリィを語る上では、欠かせへん作品や。な、フジモリ?」

フジモリ 「ああ、そうだね」

御影 「うわっ。ほんまテンション低いなぁ。もちっとなんか言いや」

フジモリ 「うむ。面白い小説だよ。・・・・・・まっさらの状態で読んだらね」

御影 「まっさら?」

フジモリ 「そうなんだよ。フジモリはこの小説、事前の知識があって読んだものだから、素直に楽しめなかったんだ」

御影 「事前知識?」

フジモリ 「平たく言えば、ネタバレ。まあ、この小説を読んだ事がある人なら知ってると思うけど、この小説のトリックとまったく同じものがマンガ「金田一少年の事件簿」で使われてたんだ。トリックを知って読む推理小説は、練乳を飲んだ後に食べるケーキみたいなもんだ。そのおいしさ(甘さ)が感じられない。例え、極上のケーキだったとしても、だ」

御影 「なんや、そやったんや。せやから、テンション低かったんやな」

フジモリ 「推理小説において、「トリック」はその作品の魂みたいなものだ。特に、この作品を始めとする「謎解き」をメインとする推理小説なんかで事前にトリックを知ってしまうことは致命傷だ。ネット上のそこかしこで言われていることだから今更言うまいと思ったけど、このページは「感想」だから、素直にこの怒りをぶつけておこう」

御影 「怒っとったんかいっ!」

フジモリ 「怒るも怒る。人間は悲しいことに、一度知った情報をすぐには消去できないから、トリックのネタバレなんて倫理的に殺人なみにやってはいけない行為だよ。そりゃ、ある程度は防衛できるけど、たとえば電車の中で「いやあ、まさかメイショウドトウがくるとは思わなかったよ〜」とか隣で会話されてみろ!「せっかく録画して後で楽しみに見ようとしたこっちの立場は!?」と怒りがふつふつと沸いてくるぞ!」

御影 「非常になまなましい例えやな(笑)」

フジモリ 「マンガ「金田一少年の事件簿」はこのほかにも古今東西の推理小説のネタをパクってるんで、推理小説ファンからの評判はあまりよろしくない。まあ、マンガという表現媒体でミステリィというジャンルを世に広めた点は評価に値するけど、「金田一少年〜」からミステリィにはまった人は「読まなきゃよかった〜」という矛盾を感じてしまうんだよね」

御影 「それがあんた、ゆぅわけか」

フジモリ 「なんか「占星術殺人事件」の感想というより「金田一少年の事件簿」にたいする愚痴になってしまうんで(笑)、感想にいこう。御影も言っていたけど、「過去の事件」を推理するという変わった推理小説だが、なぜそういう形態をとられているのかは読んでいくうちにわかる。また、「解答までのリミット(期限)」や「ワトソン役のミスリーディング(誤誘導)」、「ニュートンの林檎(トリックを解くきっかけ)」など、これでもかこれでもかと「古典的な」ギミックが詰め込まれている。だからといって古臭いわけでもなく、二人の掛け合いを楽しみながらすいすいと読める(ま、そこまでは言いすぎか)。また、主人公である探偵・御手洗潔のカリスマ性も付記しておこう。古今東西の「名探偵」を挙げるとすれば、必ず誰かは御手洗潔を挙げるだろうね」

御影 「うちやったら「名探偵コナン」かな?」

フジモリ 「勝手に言ってろ!まあ、それはおいとくとして、この作品のすごさは、なにより、この作品が出たことで、「まだまだトリックをメインにしたミステリィが書ける」と後のミステリィ作家たちに大きなインパクトを与えたことだ。綾辻行人の「館シリーズ」の探偵役「島田潔」はまさしく「島田荘司」の「御手洗潔シリーズ」にたいするトリビュートだからね。ま、それほどまでに強烈で素晴らしいトリックを持った名作ということだ」

御影 「なんや。なんやかんや言いながら、楽しんで読んだんやん」

フジモリ 「面白かったことには変わりはないからね。とにかく、推理小説好きなら一度は読んで損は無い作品だ。ま、フジモリの書評を読む人ならたいてい読んでいるとは思うけどね(笑)」

御影 「まあ、それだけ名作や、ゆぅことやな」

フジモリ 「本格推理小説、そして本格パズル小説だ。未読の方は是非読んで、そのトリックに驚嘆してほしいな」

御影 「もちろん、「金田一少年の事件簿」も未読な人やね」

フジモリ 「それを言うなぁっ!!」



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