| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Thirtieth bookshelf 京極夏彦・多田克己・村上健司『妖怪馬鹿』 |
フジモリ 「というわけで、今回は「妖怪馬鹿」を取り上げます」 御影 「前回のは前フリかいっ!」 フジモリ 「まあね。この本は、妖怪小説家・京極夏彦、妖怪研究家・多田克己、妖怪探訪家・村上健司の3人が妖怪について対談したものを収録したものです」 御影 「相変わらず濃い本読むなぁ」 フジモリ 「ところが、座談会の3人はもっと濃い。妖怪についてこれでもかこれでもかと会話するさまは、ある意味圧巻だね」 御影 「でも、だいたいの会話にはついていっとんのやろ?」 フジモリ 「脚注はあらかたわかったんで、スムーズに読めたね。逆に、登場する用語についていけない人は結構辛いかもしれない。読む人を選ぶ本だ」 御影 「おや、いつもは「とりあえず読んで」って勧めとぉのにな」 フジモリ 「今回は中級者向けだね(笑)。ある程度知識がある人が読むとすごく勉強になる本だし、結構妖怪について知ってると自負している人でも「へぇ、そうなんだ」と驚くところが多々ある」 御影 「ほぉ。例えば?」 フジモリ 「油すまし、という妖怪がいるだろ?」 御影 「おう。灰色で横長い顔して、蓑着た妖怪やな。油を盗んだ人の霊が化けたもので、長老的役割を持ったやつや」 フジモリ 「やけに詳しいな(笑)。・・・で、こいつの姿なんだけど、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」で有名になったが、「鬼太郎」以外ではその姿は見うけられないんだ」 御影 「え、そぉなん?ほな、水木しげるの創作?」 フジモリ 「かもしれないし、違うかもしれない。「油すまし」という妖怪が伝承として残っていることは確かなんだけど、姿についての記述はない。京極夏彦は、「つるべ系」の妖怪ではないかと推測しているけどね」 御影 「へぇ。そう考えると、昔からいるようでけっこう最近イメージづけられた妖怪っておるんやなぁ」 フジモリ 「水木しげるは様々な文献を調べて昔から伝わっている妖怪を大勢出すなかで、たまにオリジナルを混ぜるらしい。で、水木しげるに影響を受ける人たちはデータをよく調べずにそのまま出すから、昔から伝わる妖怪のなかにここ最近の妖怪が混ざるわけだ」 御影 「貞子とか?(笑)」 フジモリ 「うむ。その辺なんだが、彼らは妖怪を「個人の創作と特定できないもの」と定義している。口裂け女や人面犬は妖怪だけど、貞子や猫目小僧(楳図かずおの作)は作者が特定できるから妖怪じゃないんだ。水木しげるや石燕(百鬼夜行図の作者)らもオリジナルを書いているけど、これらは伝承という形態をとり、伝聞として伝えているからOK。妖怪とは、「知らないうちに生まれていく」存在なんだよ、関口君」 御影 「誰が関口やねん!」 フジモリ 「こういうコアな話ばかりだけど、京極夏彦をはじめみんなしゃべるのがうまいから、ぐんぐんとその怪しい世界に引き込まれる。読み終わった後は妖怪の知識もつくし、一石二鳥の本だね」 御影 「前回の感想と変わらんな」 フジモリ 「なら、ここからフジモリが感銘を受けた内容を。もともと、「妖怪」は「現象(体験)」から始まった。それを当時の人たちが「姿」を与えたものが妖怪なんだ。しかし、柳田國男など民俗学がそれらの妖怪を「分類」しようとした。おかげで人々は自分の知らない妖怪を知ることができたが、同時に数多くの妖怪が消えていってしまった」 御影 「?、どういうことなん?」 フジモリ 「地方が分断され、各地方にそれぞれ妖怪がいた時代から、情報が収集され、カテゴライズされるようになり、例えば「シバテン」「ヒョウスベ」「ガラッパ」などというそれぞれの妖怪が、現象(体験)が同じなだけで「河童」とひとくくりにされてしまった。「天狗」なんかもそうだね。「現象」が同じだが、「認識」が違う妖怪たちを「名称」を同じくすることで同一のものにしてしまった。これによって細部が違う数多くの妖怪が消えていったんだな、と思った。文化人類学と同じだね。調査する者が、対象に一番影響を与え結局異なったデータになってしまうという事態。学問そのものが持つ、大いなる矛盾だよ」 御影 「なんか今回は哲学的やな」 フジモリ 「妖怪研究はさまざまなアンテナを立てないと全体を俯瞰できないんだそうだ。逆に言えば、まったく関係ないところから全体が見えてくる、という場合もある、ということだ」 御影 「ほお。人生につながるなぁ。妖怪の話から、そんな教訓を得るとは」 フジモリ 「座談会の題材は妖怪でも、現代の文化に対する意見などさまざまな話が入っている。「妖怪」という単語に拒否反応を示さなかったら、手にとって眺めてもいいかもね」 御影 「結局そこにおちつくんかい!」 フジモリ 「あと、京極夏彦の挿絵もおもしろいね。古今東西のマンガのパロディなんだけど(やや古いが)、これが非常によく似ている。この挿絵だけでも、京極ファンは読む価値があるよ」 御影 「でも、「妖怪」って、知れば知るほどおもろいなぁ」 フジモリ 「対談の中で、こういう会話があった。 (犯罪者の心理を解明したところで我々が安心するわけではないという話を受けて) 京極「(前略)そんな知識を得たところで、なんにも解決しない。だから犯人がつかまったって、ちっともスッキリしないじゃない。「通り物だ」とか「憑き物がついた」とか言ってた頃の方が、かえって社会的には落ち着きを取り戻してたと思う。(後略)」 妖怪だって科学だって一般の人にはよくわからないものだが、科学と同じ位研究する価値があるものだと思うね」 御影 「・・・あんた、ほんまに妖怪馬鹿やなぁ」 フジモリ 「まあ、自覚はあるよ。まあ、妖怪馬鹿というより、まだ妖怪マニアの域だけどね」 御影 「?」 フジモリ 「でも、辞典では「常軌を逸して、ある物事に熱中すること」を表すのに「馬鹿」って使わないんだよね。ニュアンスは伝わるからいいんだけど」 御影 「?、何言っとん?」 フジモリ 「?、「妖怪」馬鹿の話だよ。御影から言い出したんだろ?妖怪に熱中する人間のことだよ。「妖怪」馬鹿」 御影 「はぁ?・・・うちが言ぅたんは、あんたは妖怪「一つ目小僧」や妖怪「ろくろ首」のなかま、妖怪「馬鹿」や、言うたんやで。あんたは「馬鹿」っちゅう妖怪や」 フジモリ 「なんじゃそりゃぁっ!」 |