| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Third bookshelf 『聊斎志異』における変身譚についての考察 〜フジモリ卒業論文〜 |
(四) 『聊斎志異』における変身譚−報情譚 次に、もう一つの変身譚である報情譚について考察してみる。 その前に「報情譚」という言葉について少し説明を加えたい。報情譚の「報情」という言葉は中国語にはない。「情に報いる」という言葉の意味であるが、これは報恩譚の「報恩」に対する言葉で「報情」とするのであり、本論で命名した造語であることを断っておきたい。 報情譚は『聊斎志異』に登場する特殊な話である。グリム童話はもちろん、『聊斎志異』以前の中国文学にも見うけられない。その一方で、報情譚は、異類を詩的に美しく書く『聊斎志異』の本領を十分に発揮した作品と評されている。巻十「葛巾」、巻十一「黄英」、巻十一「香玉」の花妖の話を始めとするこの報情譚は、ほとんどの選注本・抄訳本の類に採録されている代表作である。 では報情譚において「変身」はどのような位置づけをされているのか。 その疑問を解くために、報情譚では「なぜ」「どうやって」変身するのかを分析してみたい。 まず報情譚の代表的な話である、「葛巾(かつきん)」の粗筋を紹介する。 洛陽の常大用は牡丹のマニアであった。 常は曹州(山東省)の牡丹は山東方面で第一だという話を聞き、かねてから憧れていたが、たまたま用事がありその曹州に行くことになった。その頃は二月でまだ牡丹が花を開かず、『牡丹を懐う詩』百首を作ったりと牡丹が咲くのを待っていた。 ある日、仙女のごとく美しい女性葛巾と出会った。常は葛巾に惚れたが、葛巾は常に毒を差し出す。常は葛巾への思いから、一気に毒を飲み干した。葛巾も常の自分に対する思いを知り、常の情に応えた。二人は逢引を重ね、ついに駆け落ちする。二人は結婚したが、二人で暮らす間に葛巾の不思議な力により、常は何度か助けられた。 やがて、葛巾の義妹である玉版も常の弟と夫婦になり、二年後姉妹ともそれぞれ男の子を産んだが、それからやっと自分たちは魏という姓で、母は曹国夫人という称号を贈られた人であると話した。常は葛巾の身元に不審を抱き再び曹州に行き調べたところ、ある家の壁に『曹国夫人に贈る詩』が書かれてあり、その曹国夫人とは曹州第一であったから同好者たちが戯れに「曹国夫人」という称号を与えた一株の牡丹であると知った。その牡丹の種類が「葛巾紫」であったことから、常は葛巾は牡丹の精であることを知ったのである。 素性を疑われた葛巾は玉版と一緒に子供を高く差し上げ地面に投げつけ、その姿を消した。それから数日の後、子供が投げ落とされたあたりに牡丹が二芽ふき出し、それ以来彼の庭は牡丹の名所として洛陽に二つとないものになったという。 この話の中で、牡丹という花が人々の「情」により「曹国夫人」という人間に変身している。このように報情譚では、人々が「癖」として収集しているモノに魂が宿り、人間に変身した話が多い。この『聊斎志異』に見られる独特な「変身」が生まれる土台には何があるのか、報情譚での「なぜ」「どうやって」変身したのかを明らかにしながら考察してみたい。 報情譚では、「モノの収集に情熱を傾け」て、その「情熱を傾けたモノに魂が宿って」いるが、もともとモノに魂が宿るという考え方は昔から存在していた。 『捜神記』においても竈の神や杵の妖怪の話が収録されているし、『集異記』にも百合の精の話がある。また、使い込んだ道具に魂が宿る「付喪神」という妖怪の話が日本の『今昔物語集』などにも収録されている。 この「モノに魂が宿る」という概念は、中国だけでなく人間一般に見られる現象である。 人間は道具を使うが、その道具を「人間の延長」と見なし、あたかも人間の一部であるかのように見なす、という考え方がある。現代でも我々は無機質である機械があたかも生きているかのように、人々は壊れたテレビの頭を叩き、機械の故障を「死」と重ねあわせている。また、人は無機的な道具に「有機的なつなぎ(オーガニック・ブリッジ)」を使って道具を自分の一部のように使いやすくする。ドライバーや金鎚を使う手に息を吹きるのはその最たる例であるし、ヴァイオリンの中のヴァイオリン、ストラディヴァリウスはそのニスの中に昆虫の羽や色々な有機物質を混ぜたり、できあがったヴァイオリンを一カ月の間夫婦の部屋においてから最後にニスをかけたという。 他にもさまざまな「有機的なつなぎ」の例はあるが、ここで重要なのは「有機的なつなぎ」を用いれば道具が人間の一部のように使いやすくなることではなく、「有機的なつなぎ」を用いれば道具が人間の一部のようになって使いやすくなるだろうという「考え方」があったということである。 人々は道具、モノという無機的な物体に、人間と同じ有機的なもの、「魂」を見ている。人間は想像力を持っているため、モノを「比喩(メタファー)」するという能力を持った。その後想像力はさらに膨らみ、モノが「変身(メタフォーム)」するという考え方が生まれたのであろう。使い込んだものに魂が宿る「付喪神」という存在は、この過程で生まれたものだと考えられる。 つまり、『聊斎志異』の頃にはすでに「情」を注いだモノに魂が宿るという考え方が定着していたのである。 では『聊斎志異』が書かれた当時、人々はモノに情熱を傾けるという行為を行なっていたのだろうか。また、あるとすればどのようなモノに情熱を注いだのであろうか。 中国では昔からモノに対し情熱を傾ける収集家の話があり、『蘇軾文集』には墨に対する収集家の話があるし、「葛巾」にもある牡丹は唐代には観賞用の花として広く人々に知られ、愛好されるようになっていた。牡丹はもともと薬用の植物であり、観賞用の花としての歴史は浅いが、大型で量感があり色彩のバラエティに豊富さがあるので、原色を好んで用いる中国人の美的趣味に合い、人々に珍重されるようになっていった。同じように「黄英」で主人公が情熱を傾けた菊も、高潔の象徴として人々に愛されてきた。『聊斎志異』の時代において、モノに対して情熱を傾けるという人々の存在があったという証明である。 このようにモノに対し情熱を傾けるいわゆるマニアのことを「癖」といい、『聊斎志異』ではこの「癖」に関する話が多く掲載されている。「癖」以外にも、主人公が特定のことに極端な執着を示し、周囲の目には愚かに見える話が多くある。彼らは「癡」と言われ(今で言う「オタク」である)、「癡」「癖」の人間が数多く登場することも『聊斎志異』の特徴である。これらの性格が受け入れられたことも主人公たちの情がモノに通じモノたちが情に応え変身するという超自然的な行為を受け入れる前提になったのではないだろうか。 では、この「癡」「癖」が『聊斎志異』で好意的に描かれている背景にはどのようなものがあったのだろうか。 『聊斎志異』の時代以前は、「癡」や「癖」は元来甚だ好ましくない心の状態を意味するものであった。「癡」という文字は『説文解字』に「不慧也」とあるように原義は聡くない、賢くないという意味で、「白癡」「癡愚」などというように、精神の働きが足りないこと、あるいは鈍いことを言う。 しかし『聊斎志異』では、「癡」「癖」の主人公たちは正直で純粋な性格であり、時には自分の身体や生命の犠牲さえもいとわないひたすらで一本気な性格として表現されている。「癡」の人物形成の特徴は、まず「純粋」であることに集約されているのである。 「癡」「癖」が『聊斎志異』の中で評価を得たものになっているのは、一つには作者である蒲松齢に「癡」的性癖があることが挙げられる。蒲松齢は怪異の世界にのめり込み、生涯の心血を『聊斎志異』の執筆に注ぎ込んだ。科挙に専念すべき彼の境遇を考えれば、周囲の目は彼を「癡」としたに違いない。作品の中で「癡」の人物形象がとりわけ生き生きと描かれるのは、それがいわば作者の分身であり、作者の「癡」的性癖がその筆致に込められているためと考えることもできる。このことからも、蒲松齢が「癡」という言葉に特別な愛着を覚えていたであろうことがうかがえる。「聊斎癖」という言葉があるが、『聊斎志異』に読者をのめり込ませる不思議な魅力があるのもただ単に珍しく美しい話が並んでいるからだけではなく、作品の主人公たちが情に、花にのめり込み、そして作者自身がその妖美な世界にのめり込んでいたからであろう。 以上、蒲松齢の「癡」的性癖からの『聊斎志異』における「癡」「癖」の受け入れについて書いたが、『聊斎志異』もまた時代の産物である以上、『聊斎志異』の時代である明末清初の時代思潮やその思潮の中における「癡」「癖」に対する認識についても考慮せねばならない。 『聊斎志異』が書かれた時代、明末清初において「癡」は「癖」と並んで、特に小品文の中にしばしば取り上げられたテーマであった。「癡」「癖」は前にも述べたように元来甚だ好ましくない心の状態を意味するものであったが、明末清初の文人の文章にはすでに「癡」「癖」という言葉に自嘲的な響きはなく、「癡」であり「癖」であることを自負とし賛美する姿勢がうかがえる。 彼らは「癡」「癖」に対し積極的な認識を表明しているが、こうした認識はどこから生まれたものなのであろうか。 まず第一に明末清初が一部の文人の間で性情の解放が唱えられた時代であったことが考えられる。明末は旧来の朱子学に対立して陽明学が台頭した時期であった。朱子は人間の心を理と気の二元からなるものとした。理は純粋で善なるものであるが、気は精粗清濁の性質を持つものであるから、理の本来のあり方を失わせる可能性を持つ。このため朱子は、心を二分して本然の性(理)と気質の性(気・情・欲)とにした。そして気質の性を本然の性に近づけるための工夫として主観的には敬を主とし、客観的には外物の理を極めることにより、内外両面から心の理の不完全さを補おうとするという考え方をした。これが旧来の考え方である、朱子学である。 ところが陽明は、このような朱子の二元論を全面的に拒否した。人欲を去って天理を存する禁欲的な「理」の倫理体系に抗して、全ての理は我が心のうちに備わっていて心外の理というものはありえず、我が心の理を極めることが、そのまま万物の理を知ることではないかという考えを持った。この考え、すなわち「心即理」が陽明学の根本であり、人間の自然な心情の発露を尊ぶ「情」の倫理体系を陽明は唱導したのである。「情」は明清を通じて思想界においても、また『牡丹亭環魂記』や『紅楼夢』に代表されるように文学界においても常に議論のの中心となったテーマであるが、これと並行して、人間のあるがままの欲望を全面的に肯定しようとする動きが見られるようになった。こうした「情」や「欲」を正当に評価し頌揚する思潮の中から「癡」「癖」に対する積極的な認識が生まれてきたのではないだろうか。「癡」も「癖」も、「情」も「欲」とは不可分の関係にあり、「癡」はいわば「情」「欲」が純粋に凝結したものであり、「癖」は「情」「欲」が異常に一つのことに集中したものと言える。 また、恒産(土地所有)をもとに科挙を通じて官につくのが文人の正道であったが、明末に至ると出版ないし著述を専業とみとめてよい事例が見られるようになった。旧来の枠組みから外れ、文人が知識を元手に一個人として食べていける可能性がこのとき存在していたのである。それまではただの穀潰しでしかなかった「癡」「癖」の者たちも社会的に認められるようになり、ひいては「癡」「癖」自体も社会的に認められるようになったのである。 明末清初の思潮におけるこうした諸々の側面が相俟って、「癡」「癖」に対する積極的、肯定的な認識が生まれてきた。『聊斎志異』で「癡」「癖」の人々が好意的に描かれるのはこうした時代背景があるからでもあり、当時人々にも「癡」「癖」を好意的に受け入れる土台ができていたのだと考えられる。 『聊斎志異』の報情譚のなかでは「癖」的性癖のものがある対象に情を注ぎ、その結果対象がその情に応え報いるかたちで「変身」する。この報恩譚には愛情を注いだものが「変身」するということ、モノに愛情を注ぐ「癖」の人物に対して積極的な受け入れ姿勢ができていたのである。このような報情譚の土台をふまえ、報情譚における変身について考えてみたい。 『聊斎志異』の報情譚において、「なぜ」「どうやって」変身したのかという疑問を解くために前述した報情譚の土台を考慮して考察してみる。 『聊斎志異』が書かれた当時グリム童話における「魔法」と同じように、さまざまな背景が重なって人々は情を注いだものが「変身」するという考え方を受け入れることができたのである。 では「なぜ」、「変身」するのか。 『聊斎志異』では、動物が人間の姿に変身し物語を展開する話が多い。人間と動物が物語を展開することが少なく、動物が動物の姿で物語を展開するよりも、人間に変身したほうが物語に深みが出、面白味が増すからである。これは動物を人間と同じ土俵に上げていることになり、人間以外のものが人間に「変身する」ことに「昇格」という意味合いが含まれる。これは『聊斎志異』にもグリム童話と同じく人間の姿が至上だとする、「人間至上主義」が根底にあることからだと思われる。 また、「黄英」の中で黄英の弟が酔死し、鉢に移植し再生した菊に対して姉である黄英は「酔陶」と名付けている。この名付ける、命名するという動詞はいわば行為遂行的な動詞(オースティン)に属し、ある主の特別な言語機能を担っていることはよく知られている。つまり、この種の動詞は、発語自体が発語者の一つの態度を表出しているのであり、この場合で言えば姉の黄英は、名付けることにより再生を遂げたことへの「祝福」を表わしているのである。ロラン・バルトの次の発言も、黄英の弟に対する庇護者的な立場を考える上で示唆的である。 「『命名』は明らかに『祝福』と結びつく。祝福すること、命名することは、宗主の行為である」 このように、「命名」によって「祝福」されることによってモノに魂が宿り、人間に「変身」するという考え方はグリム童話と共通している。「変身」は『聊斎志異』においても「昇格」であり、「癖」に対して好意的な思いを持っている蒲松齢が「癖」「癡」に主人公たちに与えた「報奨」なのではないだろうか。 報情譚において「変身」は「癖」の主人公たちによる「情」を注がれた相手が主人公たちの「情」に応えるための、最も効果的な手段として用いられている。その「変身」という超自然的な行為を受け入れる土台と「癖」に対する好意的な時代背景がこの独特な変身譚である「報情譚」を生み出したのではないだろうか。 報情譚の中で「変身」は、「癖」である主人公たちに対し蒲松齢が与えた「報奨」であり、それを最も効果的に演出する舞台装置として機能しているのである。 |
<『聊斎志異』における変身譚についての考察〜INDEX〜> (一) はじめに (二) グリム童話における変身譚 (三) 『聊斎志異』における変身譚−報恩譚 (四) 『聊斎志異』における変身譚−報情譚 (五) 報恩譚と報情譚 (六) おわりに 蛇足 |