| フジモリの脳内ラビリンス
〜a labyrinth in fujimori's brain〜 Third bookshelf 『聊斎志異』における変身譚についての考察 〜フジモリ卒業論文〜 |
(一) はじめに 『聊斎志異(りょうさい・しい)』は清初の人、蒲松齢(ほ・しょうれい)(1640−1715)が書き、集めた短編集である。 聊斎とは作者蒲松齢の書斎の名であり、志異とは「異を志す(志は誌の古字)」という意味である。この志異の「異」とは、神仙や異人や幽霊や妖怪変化などの冥界の故事は言うに及ばず、ふとしたはずみに人間の表わすひょんな行動に至るまでのあらゆる「異」であり、つまり『聊斎志異』はあらゆる不思議を記した作品ということを表わしている。 その短編は五百編近くにもわたり、それぞれが独立した話の面白さを持っている。日本では一般の人々への知名度こそ低いものの、中国では有名な古典であり、また日本でも柴田天馬の訳によるこの本が昭和二十八年に毎日新聞社の出版文化賞を受賞したこともあり、日本の読書人にとっては決して珍奇な本ではない。 『聊斎志異』の構文の形は、中国文学史では普通その内容と絡み合わせて「志怪小説」と言い習わされている。しかし「小説」という名称はむしろ短編によって構成されるこの本にはふさわしくなく、『聊斎志異』の中の作品でも極端に短いものなどは話に全然筋を持たず、長いものにしても小説的な筋の紆余曲折に乏しいものがある。短編集という形式においてのみ言えば、『聊斎志異』は「コント」という名称がふさわしい。コントとは「軽妙な短編、短い物語よりも更に短い小説。掌話」とあり、さらに「風刺、諧謔に富んだ寸劇」ともある。『聊斎志異』は軽妙な短編や風刺、諧謔にとんだ寸劇調の話が多く載っており、まさに中国における「コント」と言い表せるのではないだろうか。 さて、『聊斎志異』には変身に関わる故事が多く収録されている。 変身の内容は多岐に渡り、動物、植物が人間に変身する話から逆に人間が変身する話もある。その変身譚の多くが人間の男と異類の女との恋愛・婚姻を扱うものであり、「変身」という現象が物語をさらに妖しく引き立てている。 もちろん、『聊斎志異』以前にも変身を題材にした物語はあった。しかし、多くの物語が「変身」という事実のみを記し、その理由などについてまでは詳しく言及していない。そこで『聊斎志異』の中での「変身」の取り扱われ方を他の作品と比較しながら、『聊斎志異』における変身譚について研究するとともに、変身譚は『聊斎志異』の中でどのように位置を占めているのかについて検討し、その上で『聊斎志異』の根本に流れているものを考察するのが本論の目的である。 『聊斎志異』における変身譚について考察するにあたり、『聊斎志異』とほぼ同時期に書かれたグリム童話を取り上げたい。同じように超自然的な事柄を収録している短編集であるグリム童話の中の変身譚と『聊斎志異』の変身譚を比較・対照することにより、よりいっそう『聊斎志異』における変身譚の特徴、ひいては『聊斎志異』の特徴を浮き出たせていこうと思っている。 グリム童話について簡単な説明を加えたい。 グリム童話はヤーコプ・グリム(1785−1863)とヴィルヘルム・グリム(1786−1859)の兄弟によって収集された昔話集である。その初版は1812年に出版され、一方の『聊斎志異』も完本としては、作者の意図に最も近くまた作者の手稿本(年代不明)の後に書かれた後最も古くに出版された鋳雪斎による抄本の発行が1751年であり、両者は年代的に似通っている。また、両者とも伝承を収集した短編集であり、超自然的な事柄が多く収集されている。共通点が多い二つの短編集を比べその共通点と相違点を明らかにするため、まず始めに次章では、グリム童話の中の「変身」について考察してみたい。 |
| <『聊斎志異』における変身譚についての考察〜INDEX〜> (一) はじめに (二) グリム童話における変身譚 (三) 『聊斎志異』における変身譚−報恩譚 (四) 『聊斎志異』における変身譚−報情譚 (五) 報恩譚と報情譚 (六) おわりに 蛇足 |