フジモリの脳内ラビリンス

〜a labyrinth in fujimori's brain〜

First bookshelf(ネタバレ感想)
森博嗣「犀川&萌絵シリーズ」を振りかえる


註:この本棚は森博嗣の「犀川&萌絵シリーズ(「すべてがFになる」から「有限と微小のパン」まで)」を対象とした書評であり、シリーズの全ての作品のネタバレが含まれますので未読の方はご注意下さい。
それと、「そして二人だけになった」を併読していただくと、この本棚の内容がより理解できるようになりますので、ご一読下さい。


<犀川&萌絵シリーズ、読み物としての面白さ>


フジモリ 「さて、この本棚ではフジモリがはまった作家や作品について、考察していきます」

御影 「まずしょっぱなは、森博嗣の「犀川&萌絵シリーズ」やな。森博嗣のシリーズもぎょーさんでとぉけど、今回は犀川&萌絵シリーズに絞って語るわけやな」

フジモリ 
「森博嗣は、意外と、と言ったら失礼だけど、知名度のあるミステリィ作家だ。ミステリィの読者なら、一度は耳にしていると思う」

御影 
「ゆーても、このコーナー見る人はみんな既読の人やで。まあ、細かい説明をせんでいいぶん楽やけどな」

フジモリ 
「では、早速このシリーズを振り返ってみよう」

御影 
「ま、このシリーズ、特筆すべきは、10巻で1作という形態をとっとるゆーことやな。作者が言うには、5作目(封印再度)から意識したって言っとぉけど、その時点で10作目のラスボスが出てくるもんな」

フジモリ 
「ラスボスって(笑)。作者が「封印再度」執筆の際のインタビューで、「封印再度には真賀田四季は出てきますか?」との問いに対して、「ノーコメント」と答えた、という話は有名だ。事件に直接関わりはないけど、出てきてるからね。しかもその存在自体が10作目のキーポイントになっている」

御影 
「あと、8作目「今はもうない」では萌絵と遊んでいる幼なじみの2人の男の子が出てきよぉけど、一人は9作目で出てくる大御坊やし、もう一人は10作目で出てくる塙やんな。そーゆー細かい伏線もこの作品の完成度を高めとる一因になっとぉな」

フジモリ 
「そして、10巻を通じて、ひとつのテーマで作品が書かれていることが最も重要なポイントだ」

御影 
「ひとつのテーマって?」

フジモリ 
犀川の喪失と萌絵の解放。この二つは同一なのだそうだ」

御影 
「だそうだ、ってどーいうこん?」

フジモリ 
「作者がエッセイで言ってた。これをフジモリが独自に解釈すると、まず、犀川の喪失、これは犀川の人格の中心にある、最も原始的で、計算の速い人格の「喪失」のことを言っている。真賀田四季の思想に共感し、すべてのしがらみを捨て、研究のみに没頭したがっている人格。それが、萌絵という存在が犀川の中で大きくなるにつれ、世捨て人として生きたい、真賀田四季について行きたい(10巻ラスト)という人格は失われていくんだ。また、この原始的な人格は最も子供の人格でもある。自身の助教授という肩書きによって起こる様々な雑務や軋轢。自由でいたい、という感情が、研究者ではなく社会人として生きていかなければならないという環境によって失われる。そういった意味での「喪失」でもある」

御影 
「ゆずの『嗚呼、青春の日々』やなぁ。♪そぉっちのぉ世界はぉ、いぃったいどんなんだぁい〜 俺もそのうちぃ、ゆくぅけどさぁ〜」

フジモリ 
「ま、まあ、歌わなくてもいいけど・・・確かにそうだなぁ」

御影 
「で、一方の萌絵の「解放」ちゅーのは?」

フジモリ 
「ん。萌絵は、飛行機事故で両親を亡くした現場を目の前で見た。そのショックから立ち直るのに、その記憶を意識的に封印していた。それが、真賀田四季との会見で呼び起こされる。この会話のシーンは作者も言ってるけど「羊たちの沈黙」のシーンのオマージュだ。そして、萌絵は人の死に絡む事件にやたらと興味を持っている。それらは全て死に対する恐れの裏返しだった」

御影 
「せやけど、10巻の真賀田四季との会見シーンでそれを深く呼び起こされてしまった。それで、いっぺん西之園萌絵は死んだわけやな」

フジモリ 
「そう。萌絵の中の、「両親の死の記憶を封印し、死に対し現実感を起こさせない」、そして「両親の後を追って死を望む」という人格がね。萌絵のミステリィ好きもこれに起因するんだけど、この人格は萌絵の中心にある存在だった」

御影 
「あれ、萌絵って、人格がいっぱいあったんやったっけ?」

フジモリ 
「まあ、もともと人間はたくさんの人格を無意識的に切り替えて生活しているわけだから、萌絵も例外ではない。もっとも、人格が自我を持ちすぎると「名前」を名乗り自己主張しだすんだけど」

御影 
「それって、うちらに対する皮肉?(じろり)」

フジモリ 
「いえいえ、滅相もないです」

御影 
「そう言い訳している社交辞令用人格がいそうやな(笑)」

フジモリ 
「まあそれはおいといて。萌絵もそれまではそういった人格という存在は意識してなかったんだけど、その中心の人格の死(喪失)によって他の人格を意識するようになった。10巻ラストシーンで犀川の「僕にこりただろ?」の問いに対し、「いいえ」と萌絵のほとんどの人格がこれを否定した、という表現でこれがわかる。つまり、萌絵にとっての中心の人格の喪失は、萌絵にとって「解放」だったわけだ」

御影 
「しかも、犀川も萌絵も真賀田四季によって引き起こされとぉしな」

フジモリ 
「そう。だから、作者(森博嗣)も、この二つは同一だ、といっているのではないだろうかと思うわけだ。そしてこれこそが、犀川&萌絵シリーズの根本にあるテーマなんだ」

御影 
「うちは、萌絵の成長物語だと思ってんけどなぁ」

フジモリ 
「そうとらえてもいい。結局、犀川は周囲に適応する能力を身につけることによってある意味レベルダウンしちゃったんだけど、萌絵は周囲に適応する能力を身につけることによってレベルアップしたんだから」

御影 
「そういえばそうやね」

フジモリ 
「てなわけで、まずは犀川&萌絵シリーズのテーマについて総評したんだけど、どう?」

御影 
「・・・喪失、解放ねぇ・・・。・・・そういえば、うちも消してほしい人格があんねんけど・・・」

フジモリ 
「ん?どの人格?」

御影 
「主人格のフジモリ!あんたや〜!(と、ドスを持って突進する)」

フジモリ 
「うわぁぁ〜〜〜〜」


<犀川&萌絵シリーズ、ミステリィとしての面白さ>

フジモリ 「(ドスが刺さりながら)ふう危なかった。副人格に殺されるなんて、笑い話にもならない。では次に、このシリーズをミステリィという観点からとらえた場合の面白さについて話していこう」

御影 
「おーい、なんでそんな状態で平然としてられんねん」

フジモリ 
「主人格は、丈夫だけがとりえだからね。粘膜の感性を持った(by京極堂)他の人格をかばって、日々苦労しているんだぞ」

御影 
「自業自得ちゃうん?」

フジモリ 
「そ、それをいったらおしまいだけど・・・」

御影 
「まぁえーか。うちも鬼ちゃうし、このへんにしといたろ」

フジモリ 
「(さっきのドス攻撃を含めて「この辺」か?)・・・では今度は、ミステリィとしての犀川&萌絵シリーズについて考察していくことにしよう」

御影 
「よく、「理系ミステリィ」とか言われとぉね」

フジモリ 
「一般の人が定義する「文系」「理系」というのがよくわからないんで、ここからはフジモリが独自に解釈する森ミステリィの「理系」部分について説明してみる。まず、文系は「全てを信じる」ことから研究が始まる。もちろん、多くの資料を調べてその整合性を確認しなければならないけど、まずはその作品や歴史を信じないと始まらない」

御影 
「主観による作品だからって、それが事実なのか疑ってかかったらその作品を研究することなんてできへんもんな」

フジモリ 
「一方、理系は「全てを疑う」ことから始まる。問題に取り組む前に全ての前提条件を「それが真なのか」確認し、確認できた真実によって問題を解いていく。この点が、森ミステリィにも言えることだし、森ミステリィが「理系」と称される所以なのではないか、と思う」

御影 
「具体的には?」

フジモリ 
「犀川&萌絵シリーズでは、その前提条件を覆されることにより読者が驚かされる仕組みがある。「すべてがFになる」では、「死体は本当に被害者だったのか?」という(具体的に言えば、死体は本当に真賀田四季なのか?という前提条件)ことを疑うことからトリックが分かる仕組みになっているし、同じく「冷たい密室と博士たち」では「殺される前に姿を見せた被害者は本当に被害者だったのか?」ということを疑う。「笑わない数学者たち」では「殺人が行われた場所」について疑うし、「詩的私的ジャック」では「殺された順番」について疑う」

御影 
「このトリック、金田一少年の事件簿でも使われとったね」

フジモリ 
「あれは、古今東西ミステリィのトリックを流用してるからね(苦笑)。で、「封印再度」では被害者が「いなかった」という子供の証言について疑うし(それが正しいかそうでないかではなく、「いなかった」という表現が本当に「miss」という意味での「いない」なのかどうか、ということ)、10作目の「有限と微小のパン」などでは「本当に死体は死んでいるのか」ということについて疑う」

御影 
「「今はもうない」でも、「死体」と「一人称」を疑うしね」

フジモリ 
「あれは衝撃的だった。とにかく、こういう「疑う」ことにより密室の枠が広がり、読者は「森博嗣は次に何をしてくるんだ」という気持ちと、「本当に○○は正しいんだろうか」という気持ちで読み進めるようになる」

御影 
「そのせいで、某映画(幽霊もの)のオチが途中でわかってもーた、ってくやしがっとったなぁ」

フジモリ 
「まったく。森博嗣のミステリィを読んだ弊害かな(笑)。森ミステリィが他のミステリィと根本的に異なるところはこの「前提条件を疑う」ことがトリックの鍵になることであり、逆に言えば、それがわかれば全ての謎が解ける。非常にスマートな形なんだ」

御影 
「そういえば、森ミステリィは殺人の動機についてほとんど触れへんな」

フジモリ 
「それも特徴のひとつだね。動機から犯人がわかる作品はまったくない。しいていえば、「すべてがFになる」ぐらいかな。動機というどろどろした部分を削ったことも、作品の流れをスマートにしている」

御影 
「ミステリィ作品には、鍵となる5W1Hがあんのやんな?」

フジモリ 
「そう。いつ(WHEN)殺したかが重要な作品。西村京太郎の電車ものなんかがそうだね。どこで(WHERE)殺したか、殺すかが重要な作品。綾辻行人の館ものなんかそうかも。誰が(WHO)殺したか。金田一少年は読者への挑戦状があったりするから、これに含まれるね。何を使って(WHAT)殺したか。これは凶器なんかが特殊なミステリィはだいたいそう。まあ、凶器のみをクローズアップする作品は少ないけど。シャーロックホームズの有名な作品(未読の方もいるかもしれないので、名前は伏せます)は凶器中心で書かれてたね」

御影 
「なぜ(WHY)殺したのか、つまり動機について書かれた作品は?」

フジモリ 
「内田康夫の浅見光彦シリーズ。過去のいろいろな因縁を浅見が旅という手段をとって探し出す過程がキーになっている。どうやって(HOW)殺したのか。これはほとんどのミステリィで鍵になるので、代表作は思い浮かばないな」

御影 
「こうしてみると、森ミステリィはどれにも当てはまらへんな」

フジモリ 
「つまり、様々な観点から謎にアプローチしている、ということだ。森ミステリィは単なる殺人の謎解き話なのではない、ということがこの点からもうかがえるね」


<犀川と萌絵シリーズ、恋愛小説としての面白さ>

御影 「でも、フジモリ自身は犀川と萌絵の恋の行方についてが一番気になったんやろ?」

フジモリ 
「また語弊のある言い方を…。事実ではあるけどね。この「犀川&萌絵シリーズ」の面白さのひとつに、犀川と萌絵の「じれったい」恋愛関係というのもある」

御影 
「ほんまじれったいやんなぁ。結局、犀川の萌絵に接する態度は変わらへんかったし」

フジモリ 
「でも、「封印再度」で犀川の気持ちはわかっただろ?10巻で犀川の世捨て人な人格が喪失し、萌絵は死を望む人格から解放された。この後の二人がどうなったのか、非常に興味深いね」

御影 
「今後の短編集とかでフォローされるかもしれへんけどな」

フジモリ 
「それに、犀川が国枝桃子に好かれていることに全く気付いていないというのも面白いね。犀川の朴念仁ぶりによって、萌絵のライバルがまったく登場しない。というか、犀川が気にもしない」

御影 
「犀川をめぐって萌絵とライバルが丁丁発止、っていう状態になっとっても、当の犀川は全く気付いてへんもんな」

フジモリ 
「それも面白さの一因だね。でも、この二人の会話はある意味長年連れ添った夫婦以上にお互いのこと(主に能力)を理解しあったものもある。二人だけの世界というか。まあ、この部分は次シリーズに引き継がれていくんで、楽しみだ」

御影 
「ほな、犀川&萌絵シリーズ、フジモリおすすめの名シーンは?」

フジモリ 
「もちろん、犀川がソファで寝るシーン」


<まとめ>

御影 「ほな、最後にこのシリーズについてまとめよか」

フジモリ 
「そうだね。森博嗣の「犀川&萌絵」シリーズは、ミステリィという要素では「前提条件を疑う」という今までのミステリィになかったアプローチをしている。フジモリがそんなにミステリィを読んでなかったこともあるけど、これは画期的だった」

御影 
「んーで、読み物としての要素として、「犀川の喪失と萌絵の解放」ちゅうテーマに基づいた部分があるわけやな」

フジモリ 
「そのテーマの中、二人の関係が少しづつ進んでいく。それが作品の副次的なものか、中心的なものかは読者の判断に任せるけどね」

御影 
「「犀川&萌絵シリーズ」は、ミステリィという形態をした大河小説なんかもな」

フジモリ 
「大河、というのは大きすぎるけど(笑)。少なくともミステリィ部分、特に謎とそれを解決する名探偵という形式の部分以上に魅力的な部分があるのは事実だし、だからこそミステリィにほとんど興味がなかったフジモリがはまったんだと思うよ」

御影 
「それにしても、今回はえらい語ったなぁ」

フジモリ 
「原稿用紙にして20枚以上だね。ま、10作の読書感想文だと思えば、そんなものかも」

御影 
「読書感想文ゆーて思い出してんけど、最近の小学生とか、読書感想文をインターネットで書評を探してコピー&ペーストで作って提出する子も出てくるやろぉね」

フジモリ 
「そういうのを防ぐために、このHPは会話調になっているんだ」

御影 
「絶対嘘や。あんた、ミステリィ作家にはなれへんで(笑)」


今回取り扱った書籍

「すべてがFになる(The Perfect Insider)」
「冷たい密室と博士たち(Doctors in Isolated Room)」
「笑わない数学者(Mathematical Goodbye)」
「詩的私的ジャック(Jack the Poetical Private)」
「封印再度(Who Inside)」
「幻惑の死と使途(Illusion Acts Like Magic)」
「夏のレプリカ(Replaceable Summer)」
「今はもうない(Switch Back)」
「数奇にして模型(Numerical Models)」
「有限と微小のパン(The Perfect Outsider)」




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